競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

押し紙の報道(2)考察

押し紙報道の発端となった杉本公正取引委員会委員長講演(2016年2月15日)について、考察します。

経緯は前回のブログをご覧ください。

押し紙の報道(1)講演での発言概要 - 競争政策研究所

 

前回の最後に以下の考察を述べました。それらを詳述します。

  1. 質問者の記者は押し紙のみならず、再販適用除外等を含めた新聞社やマスコミ関係の行為や規制に問題意識を持っていること。

  2. 杉本委員長は非常に慎重な言い回しをしていること。特に再販適用除外に対する考え方は述べず、また、新聞特殊指定の見直しを考えていない旨を明言していること。

  3. 押し紙の取締りについては、「モニター」との用語を用いており、一般的な監視を念頭に置いていること。逆にいえば、インヴェスティゲーションといった、現在特定の事件を調査していることは述べていないこと。

 

(1)質問者の意図

質問者の記者は、新聞の消費税の軽減税率や特商法についての「消費者委員会での議論」について、述べた後に杉本委員長の再販適用除外に対する考え方を第1番目に質問しました。押し紙の質問は2番目です。

新聞の消費税の軽減税率は、消費税10%への引き上げ時に、週2回以上発行される新聞(定期購読契約に基づくもの)は8%の軽減税率が適用されるというものです。*1軽減税率の対象の議論の際は、新聞社は新聞軽減税率の必要性を大きく報道し、あるいは食品の軽減税率対象範囲の議論とは論調が異なる報道をしました。*2「消費者委員会での議論」は、特商法の改正に関連した、消費者委員会の審議会での議論やその後の経緯を指すものと思われます。*3

このようなマスコミ、新聞社に対する特異的な動向や配慮を踏まえて、新聞社等に特別に許された再販適用除外について、質問者は杉本委員長に見解を問うています。

結局杉本委員長から明確な答えはありませんでしたが、質問者は押し紙のみならず、新聞社・マスコミに対する広範な問題意識を持っているのではないでしょうか。

 

(2)杉本委員長の回答

杉本委員長は非常に慎重な回答をしています。これは推測ですが、「自身がマスコミ関連の独禁法上の適用除外・例外を見直す意図がある」と新聞業界をはじめとするマスコミ業界に警戒感を抱かせないためのものではないでしょうか。

再販適用除外については平成13年(2001年)にかけて見直しを検討し、新聞特殊指定の見直しについては平成18年(2006年)ころに検討していますが、いずれもマスコミやマスコミの影響を受けた政治の影響で、事実上の断念をしています。

著作再販制度の取扱いについて(平成 13 年 3 月 23 日 公正取引委員会

http://www.jftc.go.jp/hourei.files/chosakuken.pdf

特殊指定の見直しについて(平成18年5月31日 公正取引委員会

http://www.jftc.go.jp/dk/seido/tokusyushitei/press.files/06060205.pdf

 杉本委員長はその際の経緯を知っていたり、竹島前委員長から引き継ぎを受けたりして、マスコミを刺激することは避けたのではないでしょうか。だからこそ、再販適用除外についての考え方を述べず、新聞特殊指定については、「今のところ」見直しを考えていないと明言しました。「今のところ」との留保があるとは言え、相当のリップサービスではないかと感じます。

ところで、新聞特殊指定については、あまり紹介されませんが、具体的には下記です。*4

(1)新聞発行本社が地域又は相手方により多様な定価・価格設定を行うことを禁止(ただし,学校教育教材用や大量一括購読者向けなどの合理的な理由がある場合は例外。)。
(2)販売店が地域又は相手方により値引き行為を行うことを禁止((1)のような例外はない。)
(3)新聞発行本社による販売店への押し紙行為(注)を禁止。
(注)押し紙:注文部数を超えて供給し,又は自己が指示する部数を注文させること 

 新聞社としては、(1)や(2)に行為が可能になることよって、あるいはそれをきっかけとして、再販価格の指定が適用除外が変更されることを懸念したと考えられます。(詳細は前に紹介した「特殊指定の見直しについて(平成18年5月31日 公正取引委員会)」の記載を参照)

 

(3)「モニター」の意味

杉本委員長は、押し紙について「モニター」すると述べています。これは調査(インヴェスティゲーション)という用語を使っていないことからすると、一般的な監視を意図するものと考えられます。2月中旬の講演の後の3月末に朝日新聞社に対する注意があったようですが、これは偶然の可能性も十分あります。

押し紙について、朝日新聞社に対して立入検査をしたり、報告命令をしたりといった独占禁止法上の権限を行使して調査を行っているとの報道はありませんでした。よって、杉本委員長は具体的な大規模な調査中の事案を念頭において発言したというよりも、一般的な意味で監視を行い、違反行為が認められた場合には措置を行うというまさに「一般論」を述べたのみに感じられます。

ところで、公正取引委員会の「注意」という措置について調べてみましたが、判然としませんでした。

 

  1. 排除措置命令および課徴金納付命令
  2. 警告
  3. 注意
  4. 打切り

 

という重大さの順位があるようです。また、下記の説明がありました。

Q25 排除措置命令ではどのようなことが命じられるのですか。 法的措置ではない警告や注意とはどのようなものですか。

A. 排除措置命令では,例えば,価格カルテルの場合には,価格引上げ等の決定の破棄とその周知,再発防止のための対策(例えば,独占禁止法遵守のための行動指針の作成,営業担当者に対する研修)などを命じます。
 また,排除措置命令等の法的措置を採るに足る証拠が得られなかった場合であっても,違反するおそれがある行為があるときは,関係事業者等に対して「警告」を行い,その行為を取りやめること等を指示しています。
 さらに,違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが,違反につながるおそれがある行為がみられたときには,未然防止を図る観点から「注意」を行っています。

よくある質問コーナー(独占禁止法):公正取引委員会

 排除措置命令は行政処分であり、警告は行政指導のようです。*5

注意は「違反につながるおそれがある行為がみられたときには,未然防止を図る観点から」行うとされていますが、行政指導ではないのでしょうか。あるいは、注意と警告の差は具体的に何でしょうか。

 

(完)

 

押し紙の報道(1)講演での発言概要

2016年2月15日の杉本公正取引委員会委員長の日本記者クラブでの講演が一部で話題になっています。次のサイトにはyoutubeの講演動画へのリンクもあります。

www.jnpc.or.jp

 

話題になっているのは「押し紙」についてのみです。それも講演本体でなく質疑応答でのやり取りです。

例えば次の記事です。ちなみに、記事の作者は講演の質疑応答で言及されています。

発行部数を「水増し」してきた朝日新聞、激震! 業界「最大のタブー」についに公取のメスが入った | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

 

また、前の記事によると、2016年3月末に朝日新聞社は、押し紙について公正取引委員会から注意を受けたとのことです。ただし、「販売担当の営業社員と販売店との数年前のやりとり」に関しての注意のようです。

 

話題になっている押し紙関係の質疑応答を文字起こしいたしました。 該当の質疑応答は1:23:30(youtube)くらいです。

長いですが引用します。

 

(質問者)

 朝日新聞の(記者名)といいます。せっかくマスコミの日本記者クラブの講演だということなのでマスコミ業界のことをお尋ねしたい。再販価格の話も先ほど少し杉本委員長からも話題が出ました。消費税の軽減税率の適用や昨年は特商法の問題もありまして、消費者庁、消費者委員会を舞台に結構激しいやりとりがあったと思うんですが、再販価格についてどのようにお考えかというのが1点。
 2年前、朝日新聞は大変な大騒動が起きまして、従軍慰安婦の問題、吉田調書の問題で大きく部数が落ちたんですね。私も、いったい販売現場でどんなことが起きているのだろうと販売店を調べに行った次第。そこでお話をうかがうと相当押し紙というものが横行しているとのこと。みんな新聞社から配達されてビニールでくるまったまま、そのまま古紙回収業社が回収してくと。かなりの割合で、私が見聞きした限りだと25%から30%くらいが押し紙になってる。どこの販売店主もなんとかしてほしいんだけど、新聞社がやってくれないと。おそらくこれは朝日に限らず毎日も読売も日経もみんな同じような問題を抱えていると思います。昨年暮れには新聞社販売局という小説が、幸田泉さんというおそらく毎日新聞のOBじゃないかと思うんですが、お書きになった小説があって非常に赤裸々に新聞の販売現場について書かれています。かなり販売店主の中には公取委に相談にいってるという話をちらほら耳にしたんですが、押し紙の問題について委員長はどのようにお考えになっているでしょうか。二つお願いします。

(杉本委員長)
 新聞の話につきましては、再販の問題と先ほど申しあげた不公正取引の中の特殊指定の問題があります。再販は新聞だけでなく雑誌だとか幾つかのものに例外として認めているわけでございます。再販の場合は、再販をしてもいいよという話でありまして別に再販しなくてもいいわけで新聞社が自主的に判断されて、私ども(引用注:新聞社)は再販しないよということを判断されれば別に問題ないわけでございます。再販という行為が独禁法禁止行為ですので、もしそれ(引用注:再販適用除外)がある場合は、私ども(引用注:公取委は問題にしましょうというところが再販行為をされても問題にしませんよという取り扱いであるわけでございます。それがもう一つ不公正取引の特殊指定がありまして、これがおっしゃるとおり販売店がその地域とかその相手方によって値引きしてはいけませんよという話と、それから押し紙はだめですよということを決めている。これはむしろ義務的というか強制的な、再販は任意的であるが特殊指定という領域は義務的な話であります。
 私の前任者のときに特に問題にしましたのが特殊指定というものまでまだ維持していく必要があるのかというところであったわけでございますが、いろいろ議論をして、公正取引委員会としてはこの際特殊指定を外すべきではないかという議論をしたが、なかなか新聞業界との議論が噛み合いませんでして、結局結論を得ずにこれ以上特殊指定からの排除は当面は維持しません(引用注:「特殊指定は排除しません」か「特殊指定は当面は維持する」の趣旨と考えられます。)よというところで決着をしているわけです。そこは私が蒸し返すかどうかという話は特に私としてそこをあらためてこの時点において積極的に問題にするかどうかというと、今のところは考えていないというのが実態であります。
 それから今の制度におきましても押し紙というのは私どもとしてはこれはだめだと禁止しているわけでございますから、おっしゃるように押し紙の実態が相当あるのかどうかということを私どもとしてはきちんと絶えず、モニターしているところでございまして、そういう実態が発見できれば必要な措置を当然とることはやっていかないといけないと思っているところであります。

 

質疑の記録を見ると、全体の構造が分かります。

記者は(1)再販について、(2)押し紙について、の2点を質問しています。

杉本委員長は、(1)再販について は

・再販売価格維持行為の適用除外の制度の説明を行い、再販売価格維持行為は本来独禁法上違法であるが新聞等は適用除外があるため、新聞社は再販売価格維持行為を任意で行うことも可能(違法にはならない)

と述べています。

杉本委員長の考えについては明確に述べていないように思われます。

また、(2)押し紙についての前段階として、

押し紙の禁止を定めている新聞特殊指定の説明として、再販売価格維持行為(の適用除外)とは違い、押し紙は任意で実施できるものではなく、義務的に禁止されていること

を述べています。

また、

竹島前委員長時代に、新聞特殊指定の見直しを検討したが、最終的に「結論を出すことを見合わせることとした」こと

を述べています。

そして、

・自分は、現在のところ、新聞特殊指定を見直す予定はないこと

を表明しました。

その上で

押し紙の実態の有無について、「モニター」するとともに、そのような実態を把握した場合は必要な措置をとる

と締めくくりました。

 

これらの全てのやり取りを眺めると、次のことに気付きます。

  1. 質問者の記者は押し紙のみならず、再販適用除外等を含めた新聞社やマスコミ関係の行為や規制に問題意識を持っていること。
  2. 杉本委員長は非常に慎重な言い回しをしていること。特に再販適用除外に対する考え方は述べず、また、新聞特殊指定の見直しを考えていない旨を明言していること。
  3. 押し紙の取締りについては、「モニター」との用語を用いており、一般的な監視を念頭に置いていること。逆にいえば、インヴェスティゲーションといった、現在特定の事件を調査していることは述べていないこと。

詳細は次回に続きます。

 

参考 続報

(1)国会での質疑

その後、2016年5月10日の参議院経済産業委員会でも質疑がなされました。内容は同様のようです。

経済産業委員会 第9号 平成二十八年五月十日(火曜日)

和田政宗君 日本の和田政宗です。  法案の質問に入る前に、最近報道されております新聞の押し紙問題について、公正取引委員会に短く聞いていきます。  押し紙は、新聞発行者が販売店に余分な新聞を買わせるものですが、この押し紙をめぐり、三月末に朝日新聞社公正取引委員会から注意を受けたとの報道がありますが、これは事実でしょうか。また、注意の内容はどのようなものでしょうか。

○政府参考人(山田昭典君) お答え申し上げます。  公正取引委員会は、調査を行いました結果、独占禁止法に違反すると認定した場合には排除措置命令等を行っておりますけれども、独占禁止法違反の疑いのある行為が認められなかった場合におきましても、違反につながるおそれが見られる場合には、違反行為の未然防止を図るという観点から当事者に注意を行っております。今お尋ねの朝日新聞社に対する件でございますけれども、個別の事案の中身でございますので詳細は控えさせていただきますが、当委員会が朝日新聞社に対しまして、三月に販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったということは事実でございます。

和田政宗君 個別の案件はということでありますので、それではお聞きをいたしますけれども、押し紙行為が行われていることが判明した場合には、公正取引委員会はどのように対処するんでしょうか。

○政府特別補佐人(杉本和行君) お答えさせていただきます。  独占禁止法は、不公正な取引方法を禁止しております。新聞紙につきましては、新聞業における特定の不公正な取引方法というものにおきまして、発行業者が販売業者に対して、正当かつ合理的な理由がないのに、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること、又は、販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給することにより販売業者に不利益を与えることを不公正な取引方法として禁止しているところでございます。  公正取引委員会といたしましては、このような行為が行われている場合には厳正に対処してまいりたいと考えておるところでございます。

 

(2)総長定例会見

上記の国会答弁を踏まえて、 2016年5月11日の総長定例会見でも質疑応答がありました*1。類似事例については回答しておらず、目新しい情報はないようです。

 (問) 昨日の参議院経済産業委員会で,押し紙のことについて質疑があって,朝日新聞に対して注意を行ったというコメントがあったようですが,改めてその事実確認と,今後の対応,朝日新聞だけでなくて,一般的に行われているといわれていますが,朝日新聞と似たような事例があれば教えてください。
(事務総長) 国会で答弁いたしましたように,公正取引委員会朝日新聞社に対しまして,販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったことは事実でありますが,個別事案の注意に関することでありまして,詳細については,これ以上のお答えは差し控えさせていただきます。
 いずれにしましても,公正取引委員会は新聞の特殊指定も含め,独占禁止法の違反行為に当たる行為があるという情報に接した場合には,今後とも厳正に対処していくつもりであります。

 

 

 

 

 

 

課徴金減免制度の適用事業者の公表(3)まとめと雑感

徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察

の続きです。

 

 実際のゲームへの影響を検討したいと思います。

 

(3)運用変更による「ゲーム」への影響

上記を前提にしつつ、囚人のジレンマ状況にどのような影響があるかを検討します。

 *1

従前の状況を表1のとおりとします。

 表1 従前の状況

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,12
A リニエンシー 12,2 4,4

 この場合、ABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(4、4)が均衡となります。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは12のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは4のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(4、4)が均衡となります。

 

公表のデメリットが大きい場合(表1から−3)、例えば表2のとおりとなります。

表2一律公表によりリニエンシーの利益が3減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,9
A リニエンシー 9,2 1,1

 

この場合、ABともに黙秘が最適な戦略となり、左上の(10,10)が均衡となります。結果リニエンシーはなされません。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは9のため黙秘を選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは1のため黙秘を選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によって黙秘を選ぶことになり、結果左上の(1、1)が均衡となります。

 

公表のデメリットが小さい場合(表1から−0.5)、例えば表3のとおりとなります。

表3一律公表によりリニエンシーの利益が0.5減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2 , 11.5
A リニエンシー 11.5 , 2 3.5 , 3.5

 

この場合、表1と同様にABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(3.5、3.5)が均衡となります。

 

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは11.5のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは3.5のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(3.53.5)が均衡となります。

 

このように囚人のジレンマゲームにおける影響は、ひとえに一律公表のデメリット(追加的なデメリット)次第といえます。  そして、前回の(2)のとおり、今回の運用変更のデメリットは大きく無いものと考えています。

(4)事件審査への影響

これまでは、減免申請(検討)者を一般的に分析しましたが、より具体的に分析することによって、減免申請のみならず公取委の事件審査への影響を考察したいと思います。結論から述べると、仮に一律公表により減免申請件数に影響があったとしても、公取委の事件審査に大きく悪影響を及ぼすおそれは少ないと考えられます。理由は以下のとおりです。

①事前1位申請による端緒機能の確保

前回記事の(1)で述べたとおり、事前第1位申請者(免除者)は従来から事実上明らかであったため、運用変更により一律公表されたとしても、影響は少ないと考えられます。言うまでもなく、事前第1位申請者の情報は最も重要な端緒であり、事件調査の契機となります。他方、事前第2位以下や事後の申請者は、端緒ではなく実態解明のための追加的な情報・証拠となります。

しかしながら、公取委は下記のとおり、課徴金減免制度の機能として端緒面を強調しています。したがって、仮に、事後申請者らが一律公表により申請を躊躇したとしても、事前第1位申請者からの端緒があれば、課徴金減免制度や事件審査は一定程度機能するものと考えられます。

違反事件の端緒を得るためのツールとしては機能しているが,それ以上の協力を促す効果,非協力を抑止する効果はない。

 

出典:独占禁止法審査手続についての懇談会(第5回)公取委提出資料4 P5

http://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/kaisaijokyo/mtng_5th/mtng_5-2-1.pdf

②上場企業による申請の確保

カルテルに関しては、役員に対して株主代表訴訟のリスクも生じます。例えば、過去の事例では、「原告側は住友電工公取委の課徴金減免制度を利用しなかった責任も追及」したとの例があります。*2

このような現状からすれば、少なくとも上場企業においては、株主代表訴訟の場はもとより申請の是非を意思決定する状況において、「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」といった理由で「一律に申請の事実が公表されるため申請をしない」との説明することは困難と考えられます。

すると、上場企業が関与するような大型事件については、依然として減免申請される可能性が高いと推測します。公取委はこれまでも基本的に大型事件を優先的に着手するため、上場企業からの申請があれば減免制度はそれなりに機能すると考えらえます。

 

(5)まとめと雑感

このように私としては、今回の運用変更で、少なくとも大きな悪影響が生じるとは考えていません。

しかし、実際に悪影響があり、減免申請の件数や事件件数が減少した場合、運用を再度見直すべきと考えています。ただ、申請の実績やそれによる公取委の措置について透明性が確保されていないと、この運用変更によって事件件数が減少したとしても公取委は認めずに、他の状況の変化による減少と強弁することが可能となります。このような観点から、一律公表以外の「透明性の確保」も重要ではないでしょうか。

リニエンシー制度は、競争当局に裁量的な制裁金や罰金の算定制度を前提として、制裁金等を免除したり、減額する要件を競争当局が事前に明らかにする制度でした。 欧米のリニエンシー制度も幾度かの制度変更を経てきました。その意味で、日本が運用変更を行うこと自体は特異的なものではありません。しかし、欧米の場合は十分に利用されてこなかったリニエンシー制度の減免の要件を明確化する方向、つまり制度のインセンティブを高める方向の制度変更だったようです*3。対して、日本の場合は、当初からリニエンシー制度の活用を促すため相当に要件を明確化し、企業に大きなインセンティブを与える制度・運用であったといえます。すると、欧米の制度変更に比べて、今回の運用変更を含めて日本運用変更は、過去に比べて使い勝手が悪くなる(インセンティブを低下させる)ため企業や弁護士からの批判を必然的に招くものとなります。

仮に、最適なリニエンシーの制度や運用が存在するとして、欧米のように従来に比して緩和して最適点を模索する戦略と、日本のように従来に比していわば規制強化して最適点を模索する戦略があります。前者は企業や弁護士の反発を招きにくい一方、後者は当社からリニエンシーのメリットを享受することができます。

欧米のみならず世界中でリニエンシー制度が導入される中、各国の実態を踏まえて、今後も公取委には最適な制度・運用を目指して、必要に応じて不断の見直しを実施してほしいものです。もちろん、「最適」とは公取委にとって都合がよいだけではなく、社会的に最適との意味です。それを検証するためにも次は一層踏み込んだ公取委リニエンシー制度の活用状況の情報公開が重要ではないでしょうか。

ところで、一律公表との運用変更以外にも例えば課徴金納付命令書を全て公表し、事実上の減免申請者の公表を図るといった方策もあったかもしれません。

(了)

*1:マトリックスは下記を参考にしている。

http://www.jftc.go.jp/cprc/koukai/sympo/2005report.files/060127sympo1j.pdf

*2:

www.nikkei.com

*3:EUについては、例えば

http://www.gibsondunn.com/fstore/pubs/Sandhu_Offprint2.pdf

米国については、例えばDOJも「In August 1993, the Antitrust Division expanded its Corporate Leniency Policy (Amnesty Program) to increase the opportunities and raise the incentives for companies to report criminal activity and cooperate with the Division. 」としている。

https://www.justice.gov/atr/speech/corporate-leniency-policy-answers-recurring-questions

課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察

 前回

徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

の続きです。

 

今回の運用変更には例えば下記の批判がありました。

実際にどのような影響が起こり得るか検討したいと思います。 

 

(1)従前の取扱

まず強調したいのは、従前の取扱が「減免適用者のうち希望者のみ明示的に公表する」ものであり希望者以外は完全に秘匿されるものではありませんでした。

具体的には、免除者(事前第1位)の場合、排除措置命令書上は違反行為者であることは明らかであるにも関わらず、課徴金が賦課されていないため、別途減免適用者と公表されるまでもなく、概ね明らかであったと考えられます。例えば、コンデンサカルテルではリンク先のとおりです。*1

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/mar/160329.files/160329beppyou.pdf

また、事前2位以下や事後の申請者も課徴金納付命令書が審決集(審決等データベース)に代表例として掲載される場合は自身が申請者であることが明らかとなります。そうでない場合も情報公開請求がなされた場合は全ての課徴金納付命令書が公開されると考えられます。

もっとも、情報公開請求によって明らかになる事実を「公開」と同視することはやや無理があります。

しかし、少なくとも免除者については、事実上一律公表と同様であったと考えられます。

 

(2)運用変更による企業のメリット・デメリットへの影響

今回の運用変更によって、企業にとってのメリット・デメリットにはどのような影響があるでしょうか。

まず、企業にとってメリットは存在しない、または僅少と考えられます。なぜならば、従来であっても希望すれば公表できるとのオプション(企業が選択可能)であったからです。

デメリットとしては、何が存在するでしょうか。

リニエンシーの公表について: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。を引用します。

 

公表しなくてもだいたい新聞で、「あそこがリニエンシーを申請したとみられる」というように書かれてしまうので、公表してもしなくても変わらないといえば変わらないのですが、

「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」

という心情も、日本人としては非常によく理解できる気がします。

それに、上場会社でなくて代表訴訟のリスクもなく、公共工事もやってなくて指名停止も気にしなくていい、という会社の場合には、公表することに目に見えるメリットはありません。

需要者(被害者)が多数のカルテルなら、「うちはクリーンになりました」とアピールする意味もあるかもしれませんが、特定少数の需要者に対するカルテルなら、公表するよりも、その需要者に直接おわびに行くのが筋なわけで、やはり公表するインセンティブがありません。

国際カルテルならクラスアクションのリスクもありますからなおさらです。

(ちなみに米国は申請の事実は秘密にしています。)

 

要約すると、

(1)新聞で事実上報道されるので影響はない

(2) 「良いことしました」ことをアピールすることが気恥ずかしい

(3)株主代表訴訟のリスクを重視しない非上場企業、指名停止の軽減措置*2

(4)直接のおわびが重要な企業にはインセンティブがない

(5)国際カルテルの場合、クラスアクションのリスクに悪影響を与える(特に米国を想定していると推測されます。)

といったところでしょうか。

 

それぞれについて、運用変更による「追加的な」デメリットを検討します。

(1)については、是非はさておき、事実上デメリットは生じない

(2)については、気恥ずかしいことがデメリットになるのかよく分からない、また一律公表されるとむしろ自身の希望によるアピールでないので気恥ずかしさは低減する

(3)については、公表のメリットがないものの「デメリット」が生じるものではない、

(4)についても、インセンティブが生じないのみで「デメリット」ではない

と考えられます。

唯一(5)国際カルテルのクラスアクションへの悪影響

がデメリットとなる可能性はあります。

しかし、違反行為者として公表される以上、減免申請したことが公表されることによってリスクが大幅に上昇するとは考えにくいです。

原文は、減免資料のディスカバリーというリスクを高めるとの意図かもしれませんが、口頭申請で一定の手当がなされることや、減免申請の有無は課徴金納付命令書の情報公開請求ですぐに明らかとなることから、そのリスクが一律公表で大幅に上昇するとも考えにくいです。

ちなみに、米国は免除者(一位)の申請の事実は秘密にしているようですが、二位以下の違反行為者については捜査に協力して司法取引を行ったことが公表されます*3。そして、EUは減免率も含めて一律に公表されています。したがって、欧州と関連する国際カルテルの場合、日本の公表方針に関わらず減免の事実が公表されます。もちろん違反行為者の範囲、申請の有無、減免率は異なる可能性はあります。

 

このように、 運用変更による「追加的な」デメリットが具体的に指摘されているわけではないと考えられます。

 

より単純に言うと、場合によっては100億円単位の金銭的利益が得られる際に

「減免申請者であることが公表されるため、減免申請しない」

という判断が経営者に可能であるのか、あるいは

「メリット・デメリットを比較して、減免申請者として公表されることが分水嶺となる状況」

が生じ得るのか、

を考えると、私は現実的ではないと思います。

よって、一律公表は減免申請の決断時に大きな影響を与えないと推測します。

特に、(1)で説明したとおり、事前第1位の申請の場合は、従来と比べてほとんど影響が無いと考えられます。

しかしながら、私の検討外に大きなデメリットが潜んでいる可能性は否定できません。そのようなデメリットが指摘された場合は、本記事を再検討したいと思います。

 

(続)

*1:「概ね」としたのは、課徴金対象売上が無い場合や裾切り額を下回り課徴金が賦課されない場合は、従前の公表内容からは免除者が明らかでない可能性があるからです。

*2:公正取引委員会が課徴金減免制度の適用対象であると公表した場合、適用者の指名停止期間について通常の1/2に短縮されるといった運用が国や地方公共団体等によってなされます。 例えば、

独占禁止法改正に伴う指名停止運用申合せ改正及び指名停止苦情処理制度創設について

公契約に関係しない企業はこのような運用のメリットがなく、よって公表のインセンティブが生じないことを言いたいのだと考えらえます。

*3:米国の場合のリニエンシーは一位のみの制度ですが、二位以下についても協力として評価され、それを一定程度リニエンシーと類似した取扱となっているようです。

https://www.justice.gov/atr/file/518436/download 

http://www.oecd.org/competition/Leniencyforsubsequentapplicants2012.pdf の米国の報告(P151ー)を参照

課徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

過去の記事の中でリニエンシー関連の記事の閲覧数が比較的多いので、今回もリニエンシー関連の分析をしたいと思います。

 

2016年5月25日、公正取引委員会が課徴金減免制度の適用事業者について、従前は希望者のみ公表していたものを、一律に公表することを発表しました。*1

<課徴金減免制度の適用事業者の公表について>

 課徴金減免制度の適用については,従来,当委員会から積極的に公表しないこととしておりましたが,法運用の透明性等の観点から,今後は,同制度が適用された事業者について,当該事件の報道発表において免除の事実又は減額の率を一律に公表することとなりました。また,当該情報は下記「課徴金減免制度の適用事業者の公表」のページにも掲載されます。ただし,この新たな公表措置は,平成28年5月31日以前に課徴金減免の申請を行った事業者には適用されません。

 同日の総長定例会見でも発表され、質疑応答も行われています*2

このような運用変更を行った理由は必ずしも明確ではありませんが、総長定例から以下の情報が読み取れます。太字はいずれも引用者によります。

 

(1)本来は公表が原則との公取委の認識

  • この制度が積極的に活用されるということを期待いたしまして,施行当初より,事業者の側で減免を申請することのハードルとなる可能性のある公表を,希望した者のみにするという政策的な対応を行ってきたところであります。
  • 本来であれば説明責任という観点から公表していくべきところ
  • 減免事業者名の公表ということについては,昨日,今日考えてきたわけではなく,減免制度の機能を阻害しないのであれば,本来の姿に早く戻したいという気持ちは前々からあって検討してきた

公取委としては、減免制度適用者を公表することが本来的な運用、原則であり、いわば例外的取扱いとして、政策的にこれまでは希望者のみの公表としていたようです。

 

(2)運用変更の理由

  • 課さねばならない課徴金を減免したという事実を公表することも私どもの説明責任でありますし,また,これが透明性を向上させるものと判断いたしまして
  • あるいは外国の制度,特にEU等をみましても,公表をされているということも踏まえれば
  • 申請件数がそれなりに高い水準で継続しているということ,
  • 8割弱の事件について減免制度が公表ベースで利用されていたということに注目した

明確に説明されていないところですが、公取委は、義務的な課徴金であるにも関わらず十分な説明をしていないかったことをまず理由として挙げているようです。

また、透明性確保とも言及しています。ただし、説明責任と透明性確保との相違は別個の理由となるほど大きなものではないようにも感じられます。

海外当局の運用も勘案したようです。

そして、申請件数の推移と一定の事件で申請者が公表を希望していること、というこれまでの減免制度の運用も考慮しています。端的に言えば、過去の運用実績に照らすと、申請者を一律公表したとしても、今後の減免申請に大きな影響はないと判断したものと考えられます。記者の質問もこの点に集中しています。

 

(3)課徴金減免制度の運用実績

それでは、課徴金減免制度の運用実績を具体的に見てみます。確かに課徴金減免申請は、ここ7年間で年間50件以上となっています*3

単位:件)
年度 21
(注7)
22 23 24 25 26 27 累計
(注8)
申請
件数
85 131 143 102 50 61 102 938

 (注7) 平成21年独占禁止法改正法(平成21年法律第51号)により,平成22年1月1日から課徴金減免制度が拡充されている([1]減免申請者数の拡大:調査開始前と開始後で併せて5社まで(ただし,調査開始後は最大3社まで)に拡大する。[2]共同申請:同一企業グループ内の複数の事業者による共同申請を認める。)。
 (注8) 課徴金減免制度が導入された平成18年1月4日から平成28年3月末までの件数の累計。 

しかし、この数字はいわば申請者側に非公表のオプションがある前提のものと言えます。

次に「8割弱の事件について減免制度が公表ベースで利用」されているとの点についてです。これは総長定例質疑応答によると以下を意味するようです。

  • 減免対象の事件として法的措置を採ったものの中で,一人でも減免申請者があり,それが公表を希望した案件が8割弱であった

この発言の意味するところは、カルテル事件(減免制度対象事件)をベース(分母)として、「一人でも」減免申請者が公表を希望した事件(分子)の割合が8割弱であると考えられます。このため、(公表を希望した減免申請者)/(減免申請者)ではないため、実際にどの程度の減免申請者が公表を希望したのかは不明です。

例えば、以下のケースの両方が考えられます。

 ケースa

f:id:japancompetitionpolicy:20160608000940p:plain

ケースb

f:id:japancompetitionpolicy:20160608001153p:plain

 同じ事件ベースで8割弱が公表されていたとしても、減免申請者ベースでは公表希望者数に大きな乖離があります。

実際に公表を希望した減免申請者のリストをみると、公表希望者がケースbのように極端に少ないことはないと考えられます。しかし、減免申請者のうち公表を希望した者の割合は判然としません。

この点については、透明性を理由に運用を変更したにもかかわらず、その変更理由に透明性がないとの意味で皮肉に感じられます。

 

さて、今回の運用変更については、批判があるようです。

例えば、下記です。

kyu-go-go.cocolog-nifty.com

 

 

結論から述べますと、私はこれらの批判は状況を十分に把握できておらず、今回の運用変更によっても課徴金減免制度が大きく悪影響を受ける可能性は小さいと考えております。やや慎重な言い振りとしています。

詳細は次回で考察したいと思います。

(続)

 

 

 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(5)マスコミと独禁法

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

(3)黙示による意思の連絡

(4)コンプラ体制

の続きです。

 

今回は対談からマスコミと独禁法の関係を考察します。

 

 マスコミと独禁法との関係としては、加藤化学株式会社に対する審決(異性化糖及び水あめ・ぶどう糖の価格カルテル事件)が記憶に新しいところです。*1

この審決によると、各社は日経新聞の記者に対して、「値上げが必要な事情や各社の値上げの方針,値上げの状況を説明し,これを記事にしてもらうよう働きかけるなどの目的」で対応していたようです。審決の認定事実にも日経関連のやり取りが詳細に記載されています。また、記者の個人名も明記されています。この点について、審決で個人名まで言及する必要性があったのかは疑問があります。

本審決とマスコミの関係については、後日改めて考察する予定です。

 

この審決についての記事で、日経新聞は次の談話を掲載しています。

*2

日本経済新聞社広報室の話 正当な取材と認識していますが、結果的に価格カルテルに利用される形になったのは遺憾です。

 審決の記載からすると、記者は取材の過程でカルテルについて、少なくとも暗に認識していたものと推測します。それを「利用される」と称してよいかはともかく、自社にとって必ずしも好意的でない審決を記事にした点と談話を掲載する点は評価してよいのではないでしょうか。

 

前置きが長くなりましたが、今回の対談記事やその後のインタビューは同一の記者が担当しているようです。ダイヤモンド誌のビール関係の記事でも同名の署名記事をいくつか見ました。

同記者は、ダイヤモンド社の採用ページにも記載していますが、この対談記事について次のとおり語っています。*3

昨年の仕事の中で特に印象に残っているのが、年末にキリンビールアサヒビールの社長対談を企画したことです。ビール業界においてライバル企業のトップが日本のビール業界について語り合う機会は業界史上初の試みでした。市場の縮小により厳しい状況に置かれている業界だけあって、「もう無駄なシェア争いはしない」という両トップの発言は、業界関係者から大きな反響を頂きました。

「業界関係者から」の「大きな反響」がどのような内容であるかは分かりません。企業法務からすると、相当驚いた内容であったと想像できます。将来的にビール業界で何らかの独禁法事件があった場合には、この対談が一つの契機となっているのかもしれません。

 

また、企業の側からすると、このような記事が公になった場合、ビール業界は協調的な業界である(そのような側面がある)と認識されてもやむを得ないと考えられます。販売先からもそのように思われるリスクはあり、公正取引委員会も注視するのではないでしょうか。

 

公正取引委員会の「 企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」でも次のとおり述べられています。

*4

 単独行動による競争の実質的制限の観点からは問題とならなくても,協調的行動による競争の実質的制限の観点からは問題となる場合がある。

キリングループとサントリーグループは統合の報道もありましたが、最終的に2010年2月に交渉は終了しました。*5

しかし、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事でも言及されたとおり、国内での再編は今後も可能性が十分あるようです。*6

 

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において公取委から認められたものではありません。*7

 実際に独占禁止法上の企業結合審査となった場合を考えると、協調的な業界慣行を自ら対談やインタビューで示すダメージは大きいのではないでしょうか。キリンビールまたはアサヒビールグループが当事者となる事案においては、二次審査となる可能性が相当高いと考えられます。二次審査においては、業界慣行を踏まえた協調的行動を審査されるでしょう。また、これらの記事を見たとしたら、企業結合の担当者の心証も相当悪化しているのではないでしょうか。

 

 (完) 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(4)コンプラ体制

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

(3)黙示による意思の連絡

の続きです。

 

 

これまで対談のカルテル該当性について考察してきました。

今回は2社のコンプライアンス体制について、調べてみたいと思います。

 

公正取引委員会が「企業における独占禁止法コンプライアンスに関する取組状況について」報告書を公表しています。*1

同報告書によると、東証一部上場企業1,681社にアンケートをした結果、同業他社との会合等に関するルールを定めていない企業は46.4%とのことです。

一定数の上場企業は同業他社との接触について何らかのルールを設けているようです。具体的には下記のルールのようです。

f:id:japancompetitionpolicy:20160430221559p:plain

2社がどのようなルールを定めていたのか(定めていなかったのか)はわかりません。しかし、今回の対談は、社長の出席であるため、事前届出、事前の許可、事後の内容報告は意味をなさないかもしれません。

 

また、「⑤会合等の場における一定のルールを定めている。」と回答した企業における具体例も掲載されています。

・ 会合参加を原則禁止とする例
・ 会議冒頭にコンプライアンスの遵守を宣言することとしているとする例
・ 価格,数量等の話題が出たら不参加の表明を行い,直ちに退場することとしているとする例
・ 同業者同士の会合には,必ず第三者も同席させるとする例
複数の同業者が一堂に会する会議に参加する場合は,議事録を作成し,価格の取決めの際には退出することを義務化しているとする例
・ 社外の会合等は前もって広報部に届出をさせて,その目的や性質等を確認しているとする例
・ 会合出席の届出とコンプライアンスオフィサーの承認を必要としているとする例
・ 会合で違反行為があった場合は,問題点を指摘し,議事録に残すことを要求し,帰社後に報告することとしているとする例

弁護士による著作や講演でも、「価格に関する話になった場合はすぐに席を立つ」とのアドバイスが一般的だと思います。2社においては、そのような取決めが無かったのか、社長にまで浸透していなかったのか、特別の事情があったのか分かりません。

具体的な数字を示しての対談では無かったため、継続の判断だった可能性もあります。しかし、カルテルや談合は、最初から単刀直入に合意をするのではなく、各社の苦境について発言しあったり、お互いの腹を探るところから始まることも多いと考えられます。また、具体的な数字を用いてないにせよ、対談におけるシェア競争の停止の発言は相当踏み込んでいるように思われます。

 

報告書では、独占禁止法コンプライアンスの実効性を確保するために有効であると考えられる方策や工夫・留意点として次のように記されています。

オ 同業他社との接触ルールの策定
 同業他社との接触や業界団体の会合等への出席は,カルテルや入札談合といった独占禁止法違反行為につながるリスクを伴うものである。特に,営業担当者による同業他社との接触はそのリスクが高いことから,具体的な留意事項等を定め,周知することが必要である。
 アンケート調査によれば,過半の企業が同業他社との接触ルールを設けているところ,同業他社との接触ルールを的確に統一的に運用するためには,所属部署の上司だけでなく,法務・コンプライアンス担当部署も関与することが必要である。

各社あるいは公正取引委員会は、営業担当者のみならず経営幹部の接触のリスクについても言及した方が良いかもしれません。

 

ちなみに、アサヒビールについては、「アサヒグループ企業倫理ガイドライン」で次のとおり定めています。*2

(1)不公平な取引、不正な取引の禁止

私たちは、各国・地域の独占禁止法その他の関連する法令及び規範を遵守し、お得意先、競合他社又は消費者に対する不公正な取引及びカルテル行為は行いません。また、万が一競合他社によるそのような行為があれば、毅然とした対応をとります。

 

キリングループのコンプライアンスガイドラインにも次のとおり定めています*3

独占禁止法の遵守

いかなる状況であっても、不正な手段をもって、カルテルや再販売価格の維持・取り決め等独占禁止法違反となるような行為は行わず、公正で自由な競争を行います。

ちなみに、アサヒビールは2004年のアサヒビールグループ企業倫理規程では次のとおり定めていたようです。*4

第2章 お得意先・業界との関係

私たちは、お得意先・業界、また競合他社に対しても、独占禁止法不正競争防止法・知的財産関連法規等を遵守し、公正な取引・フェアな競争による業界の発展に尽くします。

1)お得意先との関係

独占禁止法国税庁通達、業界自主基準その他関連する法規・規範を 遵守し、不公正な取引は行いません。

2)業界・競合他社との関係 

1.カルテル行為・談合、またその疑いを持たれるような行為は行いません

(太字は引用者)

「疑いをもたれるような行為」が削除されたため、ある程度踏み込んだ行動に出られたのかもしれません。 

 

次回は最後(予定)に独禁法とマスコミの関係についてです。

 (続く)

 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(3)黙示による意思の連絡

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

 

の続きです。

 

前回は対談をカルテルの合意として構成する方向で考察してみました。

それでは、対談が間接証拠となる余地はあるでしょうか。

 

カルテルの合意は明示のものだけでなく、黙示の合意も存在します。

事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。

(中略)

特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして、同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には、右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り、これらの事業者の間に、協調的行動をとることを期待し合う関係があり、右の「意思の連絡」があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである。

東京高等裁判所平成7年9月25日判決〔東芝ケミカル株式会社による審決取消請求事件〕)。

同判決やその後の判決を踏まえて、学説上は(1)事前の連絡交渉、(2)連絡交渉の内容、(3)行動の外形的一致との間接事実を総合的に検討し、意思の連絡を推認するものとして整理しています*1

(1)事前の連絡交渉

事前の連絡交渉として、十分な内容ではないでしょうか。社長が対談することは社として連絡交渉していることや、意思決定者のレベルで話合いが持たれていることも明らかと考えられます。 

(2)連絡交渉の内容

連絡交渉の内容も、シェア競争や価格競争、販売促進費競争を停止することを話し合っているようです。率直に言って、よくこのような内容の対談を行ったものです。逆に言うと、私はこの業界に明るくありませんが、ビール業界の営業の現場では常にこのような会話がなされているので、社長らも違和感がなかったのかもしれません。

(3)行動の外形的一致

行動の外形的一致については、定かではありません。ただし、東芝ケミカル事件は、価格「引上げ」のカルテルであるため、シェア配分カルテルなどでは同様の基準が用いられない可能性はあります。例えば、シェアが翌年も同様だからといって、即座に行動の外形上の一致とするのはやや乱暴な議論だと思われます。

他方で、従来の商慣行とは大きく異なったり、不自然であったりする販売促進費の削減などが見られた場合には、「行動の外形的一致」を充足するのではないでしょうか。

 

 (続く)

 

*1:金井貴嗣, 川濱昇, 泉水文雄編「独占禁止法」(第2版) 弘文堂 P50

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

前回記事

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(1)記事の概要 - 競争政策研究所

の続きです。

 

対談記事名には「もう無益なシェア争いはしない」とあります。対談の中で「シェア争いはしない」とお互いに明示的に合意したのかまではわかりませんが、

「シェア争いでは飯が食えませんよね

「シェア競争から脱し価値競争に移行することで適正な利益を得る。」

「シェア競争という負の遺産

 といった発言はあったようです。

また、最後に

2人 業界を魅力的な市場にすべく、頑張りましょう。

と締めくくっています。

途中ではビールの社会的な意義の話題もありますが、「魅力的」とは両者にとってシェア争いや価格競争が限定的で、利益率が高い市場とも繋がり得るものです。

 

ところで、この対談はシェア配分カルテルやその一部を構成することはないのでしょうか。

 

そもそもシェア配分カルテルは必ずしも事例が多いものではありません。しかし、近年でも、ダクタイル鋳鉄管シェア配分カルテル事件の判決がありました。*1

同事件では課徴金も賦課されておりますし、一般的にもシェア配分カルテルはハードコアカルテルに該当すると整理されています。

 

ダクタイル事件では、違反行為者3社で商品のほとんどを占めていたようです。

ビール業界では、ビール系飲料(ビールと発泡酒第三のビールの合計)のシェアでアサヒが38.2%、キリンは33.4%で合計70%を超えるシェアとなります。*2

ダクタイル事件には及ばないとしても、合計70%のシェアがあれば、競争を実質的に制限できる可能性は十分あると考えられます。ただし、一般論としてはサントリーやサッポロの行動や姿勢も影響すると考えられます。

また、インタビュー記事では、磯崎功典キリンホールディングス社長が次のような発言をしています。*3 

 各社の経営者が、現状に危機感を抱いています。会合の場で顔をあわせると、「何とかなりませんかね」と話題になることもありますよ。(中略)

 談合するわけではないのですが、「シェア争いで利益は生めないよね」というムードは醸成されています。

 

アサヒ・キリン以外の会社がシェア配分の合意に加わることや、積極的に競争に出ないこともありそうです。

 

また、シェア争いとも関係しそうですが、販売促進費について、同じ記事で磯崎社長から次の発言があります。

-(前略)(前の対談で)「もう無益なシェア争いはしない」と断言されましたが、実際には、販売促進費の抑制は進んでいないのではないですか。
 まだ現場レベルには浸透していません。激しい争いが行われている店頭では、お金を使っています。

インタビュアーがシェア争いをしないことの意味を販売促進費の抑制と示し、それを前提として磯崎社長が販売促進費の抑制の進展がないことを回答しています。

 

対談記事でも下記の発言がありました。

布施 うん。シェア争いではもう飯が食えませんよね。市場が縮小している中で、行き過ぎた水準の販促費を掛けてシェアを取りにいく。こうなると利益が目減りして、縮小均衡パターンになって誰も幸せになりません。

 

対談において、「シェア争い」とは「販売促進費の競争」を意味していた模様です。

 

販売促進費には販売奨励金(いわゆるリベート)も含まれます。リベート・割り戻しに関するカルテルは、価格カルテルの一種として整理されています。*4

対談で販売促進費を抑制するとの意味での価格カルテルが合意され、その実効性はまだ不十分との発言ととらえることができるかもしれません。

 (続く)

*1:

http://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/h24/10_12/kaikenkiroku121114.html

概要が分かりやすい 

*2:

ビール系飲料シェア、キリン6年ぶり上昇 アサヒ首位守る :日本経済新聞 余談ですが、記事の見出しで首位のアサヒよりもキリンの上昇を先にするのは違和感を感じました。ニュース性のためなのかもしれませんが、他の意図、配慮があるのでしょうか。

*3: http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/16546

(無料公開はなし)

*4:金井貴嗣, 川濱昇, 泉水文雄編「独占禁止法」(第2版) 弘文堂 P37−38

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(1)記事の概要

少し古い記事ですが、週刊ダイヤモンドで、布施孝之キリンビール社長と小路明善アサヒビール社長の対談が掲載されました。

diamond.jp

 

この記事によると、下のようなやり取りがあったようです。

  • 対談抜粋(1)

 小路 これまでわれわれは4社で激しいシェア争いをしてきました。しかし、ここまで市場が小さくなるとシェア争いという個社の戦略ではなく、どうすれば市場全体が伸びるかを真剣に考えないと共倒れになりかねません。

布施 うん。シェア争いではもう飯が食えませんよね。市場が縮小している中で、行き過ぎた水準の販促費を掛けてシェアを取りにいく。こうなると利益が目減りして、縮小均衡パターンになって誰も幸せになりません。

  •  対談抜粋(2)

小路 でも、価格ではなく、こういった商品の「価値」をめぐって競争するのが業界の本来あるべき姿だと思います。

 決して談合するわけではありませんが、シェア競争から脱し価値競争に移行することで適正な利益を得る。(後略)

布施 じゃあ、どうやって利益を得るのか。そこで重要なのが、これは小路さんがよく言われていることですけど、競争分野と非競争分野を分けることです。

小路 うんうん。いわゆる「競争と協調」ですね。

  •  対談抜粋(3)

布施 (前略)

 シェア競争という負の遺産が業界を短期的な発想中心にし、市場が過当競争に陥りレッドオーシャン化した。もっと中長期的な発想で、ビール業界を魅力的にしていきたいですね。

小路 私もそう思います。だからこそ、トップが声を上げる必要がある。実際に「取った取られた」という競争をしている営業現場にまで「シェアではなく価値なんだ」と浸透させないといけません。

2人 業界を魅力的な市場にすべく、頑張りましょう。ありがとうございました。

 

また、2016.4.2付ダイヤモンドでは

【特別インタビュー】4社体制の維持はできない 残された道は「業界再編」だ

 と題して、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事も掲載されています。*1

 

-(前略)(前の対談で)「もう無益なシェア争いはしない」と断言されましたが、実際には、販売促進費の抑制は進んでいないのではないですか。

 まだ現場レベルには浸透していません。激しい争いが行われている店頭では、お金を使っています。ただし、各社の経営者が、現状に危機感を抱いています。会合の場で顔をあわせると、「何とかなりませんかね」と話題になることもありますよ。(中略)

 談合するわけではないのですが、「シェア争いで利益は生めないよね」というムードは醸成されています。

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において、公取委から認められていたものではありません。*2

今回はこのような対談・インタビュー記事について、独禁法の観点から考察してみたいと思います。

 

(続く)

コンデンサカルテルのリニエンシー

2016年3月29日、コンデンサカルテルについて、公正取引委員会が措置を公表しました。課徴金額が約67億円であり、相当の規模のカルテルだったようです。

 

(平成28年3月29日)アルミ電解コンデンサ及びタンタル電解コンデンサの製造販売業者らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令について:公正取引委員会

 

公表されたリニエンシー申請者は(アルミ電解コンデンサ)日立エーアイシー株式会社(免除。事前1位)、(タンタル電解コンデンサ)ビシェイポリテック株式会社(免除。事前1位)、NECトーキン株式会社(50%減額。事前2位)となります。*1

事前申請者が2社以上いるカルテルは珍しい気がします。

 

平成28年3月29日

アルミ電解コンデンサの製造販売業者に対する件

法人番号 事業者の名称 所在地 代表者名 免除の事実又は減額の率

2060001023777

日立エーアイシー株式会社 栃木県真岡市久下田1065番地

代表取締役
市村 滋朗

免除

タンタル電解コンデンサの製造販売業者に対する件

法人番号 事業者の名称 所在地 代表者名 免除の事実又は減額の率

8370001001985

NECトーキン株式会社 仙台市太白区郡山六丁目7番1号

代表取締役
小山 茂典

50%

8380001017048

ビシェイポリテック株式会社 福島県田村郡三春町大字熊耳字大平16番地

代表取締役
佐藤 健

免除

(五十音順)

 

 

 このうち、日立エーアイシー(日本タンタル事前1位)とNECトーキン(日本アルミ事前2位)は既に米国でも措置が公表されています。

 

(2015.9.2)NECトーキン(日本アルミ事前2位)

NEC Tokin Corporation to Plead Guilty and Pay $13.8 Million for Fixing Price of Electrolytic Capacitors | OPA | Department of Justice

日本語概要

http://www.jftc.go.jp/kokusai/kaigaiugoki/usa/2015usa/201510usa.html

(2016.4.27)日立エーアイシー(日本タンタル事前1位)

Hitachi Chemical Co. Ltd. to Plead Guilty for Fixing Price of Electrolytic Capacitors | OPA | Department of Justice

(このほか個人関係)

https://www.justice.gov/atr/case/us-v-takuro-isawa

 

 

NECトーキンは日本よりも半年以上早く有罪答弁に合意しています。

日立エーアイシーは、日本では免除にもかかわらず、米国ではリニエンシー(免除)を得られていません。これはなぜでしょうか。

 

可能性はいくつか(いくつでも)考えられます。

 

(1)日立エーアイシーが米国でのリニエンシーの条件を満たさなかった。

単純に、米国のリニエンシーの条件を満たさなかった可能性があります。*2

しかし、日本で事前一位の申請が認められているため、米国では条件を満たさないということは考えにくいです。

日立エーアイシーは上場企業である日立化成の子会社であり、非協力を行うとは思えません。

また、日立化成のHPでは「2014年3月米国司法省より証拠提出命令書を受領後、当社グループは、コンデンサ事業に関する調査に協力してまいりました。」と協力を行っていた旨の記述があります。*3

 

(2)日立エーアイシーが米国で申請が遅れた。

日立エーアイシーが日本では事前一位で申請したにもかかわらず、米国での申請を怠った、遅れたという可能性があります。

逆に、米国での一位の申請者が、日本で申請していない、遅れたという可能性もあります。

 

(3)違反行為の市場が異なる。

日本では「アルミ電解コンデンサ」と「タンタル電解コンデンサ」の二事件について措置をとっています。しかし、二事件とも「マーケット研究会又はマーケティング研究会と称する会合」であるため、米国では一つの事件として取り扱われている可能性があります。

このため、ビシェイポリテック株式会社が、「タンタルアルミ電解コンデンサカルテル」という大きなカルテルで米国にてリニエンシーを得て、日立エーアイシーは米国では2位以降となったのかもしれません。

しかし、台湾当局の措置については、Vishay Polytech Co.,も措置を受けています。*4ただし、ビシェイポリテックが主要国当局では申請したが、台湾での申請が遅れた可能性もあります。

 

結局、実際の状況はわかりません。今後、現在、異議告知書を送付しているEU当局の措置が出た場合は、全体像がわかるようになるかもしれません。

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission sends statement of objections to suspected participants in electrolytic capacitors cartel

 

雑感 

(1)公正取引委員会が措置をとった事業者の中に、上場企業も一定数いますが、リニエンシーを申請していないのでしょうか。それとも、公表しないだけなのでしょうか。

株主代表訴訟のリスクはどのように検討したのかも気になるところです。*5

 (2)日立化成のプレスリリースによると、「2002年8月から2010年3月の間に行われた電解コンデンサの取引の一部」のカルテルとあります。DOJ公表文でも「between 2002 and 2010」とありました。

日本のタンタル電解コンデンサ事件の課徴金算定上の実行期間は「平成22年8月1日から平成23年10月18日」*6です。日本の場合は最大3年間が課徴金の算定期間ですが、どのような背景でこのような違いになったのでしょうか。

 

(2018年3月24日追記)

EU当局の制裁金が公表されました。

 

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission fines eight producers of capacitors €254 million for participating in cartel

http://ec.europa.eu/avservices/avs/files/video6/repository/prod/photo/store/7/P036647000102-624574.jpg

・EUでの事前1位は三洋電機パナソニック(Sanyo Electric Co., Ltd. and its parent Panasonic Corporation)であり、  € 32 389 000もの制裁金の免除を受けています。しかしこの2社は日本では違反行為者に含まれていません。

・日本での1位(タンタル電解コンデンサ)のビシェイポリテック社がEUでは減額すら獲得できていません。

・日本での1位(アルミ電解コンデンサ)の日立化成グループがEUでは減額幅で2番手になっています。

 

 

 

ブログの紹介

将来の研究所を目指して、匿名で独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

 twitterにて更新告知しています。

twitter.com

 

是非ともコメントをいただけるとありがたいです。コメントは原則として反映します。

コメントを受けて内容を変更する可能性があります。その際は修正箇所や理由を明記します。