競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

デジタル関連分野への注力

前回のアマゾンジャパンに対する立入報道の関連です。

最恵国待遇条項 - 競争政策研究所

 

このようなデジタル関連分野への公取委による注力はどのように示されているでしょうか。主に法執行面から検討したいと思います。

 

まず、直近では「日本再興戦略2016-第4次産業革命に向けて-」(平成28年6月2日 閣議決定)において、下記の記載があります。

エ)公正かつ自由な競争を確保するための実態把握と厳正な法執行

・デジタル技術の進展、新たなビジネスモデルの登場など市場支配力も含めた産業構造が大きく変化する第4次産業革命が進展する中、デジタル市場における公正かつ自由な競争環境を確保し、イノベーションを促進する観点から、関係省庁が協力しつつ、同市場における取引実態を把握するための調査を行う。また、デジタル市場において市場支配力を有する事業者が公正かつ自由な競争をゆがめていないかを経済環境や市場の変化を踏まえて検証する等により、独占禁止法に違反する事実が認められた場合には、これに対して厳正・的確な法執行を行う。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/zentaihombun_160602.pdf

 このように、政府全体として、デジタル市場における積極的に措置を行うことが示されています。

このうち、「関係省庁が協力しつつ、同市場における取引実態を把握するための調査を行う。」という点については、経済産業省公正取引委員会による共同ヒアリング調査を意味するものと考えられます。

(平成28年2月10日)オンライン関連事業に関する共同ヒアリング調査について:公正取引委員会

 

この共同ヒアリングについては、興味深い記事もありました。

犬猿の仲といわれる経済産業省とも手を組んだ。昨年暮れに杉本委員長が経産省の菅原郁郎次官とひそかに接触。プラットフォーマーの実態を把握するため、共同調査を進めることで一致した。

標的はアップル 公取委・経産省が異例のタッグ :日本経済新聞

共同ヒアリングは、トップダウンで、かつ杉本公正取引委員会委員長からのイニシアティブで進められたことのようです。

 

次に、杉本委員長によるデジタル関連分野に関してのメッセージについて、杉本委員長就任後の講演等から検証します。

委員長講演等:公正取引委員会

 

平成25年3月の就任時から、平成26年の年頭所感までは、デジタル分野について、目立った言及はありません。

平成27年の年頭所感では デジタル分野について一定の言及があります。しかし、一般論であり、事件調査との関係では明示的には触れられていません。

2.競争環境の整備は,成長戦略でも今後成長が見込まれる分野とされている社会福祉,農業,医療,エネルギー,インフラ等の分野において特に重要な課題です。また,デジタルエコノミー,知的財産といった技術革新分野は,経済発展を牽引するイノベーションが見込まれる一方で,極めて早いスピードで市場環境が変化しており,競争政策においても,より複雑化する実態を見極め,競争環境を適切に整備していくことが求められるところです。

平成27年 年頭所感(平成27年1月) :公正取引委員会

 

しかし、平成28年の年頭所感では下記の記載があり、デジタル関連分野について、明確な問題意識を有し、積極的な調査・措置を行う意図を示しています。

現在の経済社会の動向に目を向けますと,グローバル化,デジタルエコノミーの進展,規制改革の進展に伴い,各国において新しいビジネスモデルが次々と創出され,経済取引も変化を遂げています。
 このような環境の下で,当面,競争政策上の課題は二つあると考えられます。(中略)また,二つ目の課題は,イノベーション推進のために競争政策をいかに運用していくかという点です。知的財産権と競争確保の関係は大きなポイントであり,このほか,情報通信技術やデジタル化の進展に伴うビジネスモデルの変化に対し,競争政策をどのように適用するかも重要な課題です。

(中略)

二つ目の課題については,(中略),強大な市場支配力を用いて新規参入を排除するなどにより,更なるイノベーションを阻害するような単独行為による反競争的行為についても,積極的かつ効果的に対処していきたいと考えております。

平成28年 年頭所感(平成28年1月):公正取引委員会

 

また、前述の日経新聞記事には平成27年にタスクフォースを設置したとの情報もあります。

公取委の杉本和行委員長もプラットフォーマー対策を「最優先事項」と語り、昨年から少数の職員を選抜してタスクフォースを設置。アップルやグーグルなど取引先企業に内偵調査を始めていた。

標的はアップル 公取委・経産省が異例のタッグ :日本経済新聞

 

このような情報を総合すると、デジタル市場に関して次のストーリーが考えられるかもしれません。杉本委員長は、平成27年から問題意識を明確化し、タスクフォースを設置したり、経済産業省との共同ヒアリングを計画・調整するなどして準備を行っていた。平成28年年頭には、デジタル市場に対する明確な方向性を示しつつ、2月に共同ヒアリングを開始し、8月にアマゾンジャパンに対する本格調査を実施するなど行動を活発化させた。

 

以上のように推測してみたものの、IT、知財、デジタルエコノミー関連分野を公取委が注視していくことは過去から示されていました。平成13年には既に「IT・公益事業タスクフォース」が存在していたようです(現在の改廃は不明。)。

 

公正取引委員会では,このような電気,ガス,電気通信事業分野における累次の 制度改正を踏まえ,これらの分野における公正かつ自由な競争の促進を図る観点か ら,平成13年4月に「IT・公益事業タスクフォース」を設置した。これにより, 違反行為に対する監視を強化し,既存事業者による新規事業者の参入阻害行為など の独占禁止法違反が認められた場合には厳正に対処することとしている。

出典:公益事業分野における相互参入について(平成17年2月 公正取引委員会事務総局) 太字は引用者による。

http://www.jftc.go.jp/dk/kiseikaikaku/kisei_kako.files/050218hontai.pdf

 

 

 

 

最恵国待遇条項

アマゾンジャパンに公取委が立ち入りをしたとの報道がなされています。調査の対象となったのは、「最恵国待遇条項」と称されるもののようです。具体的には下記となります。

「今回の公取委の調査の対象となっているとされる取引条件は、『最恵国待遇条項(most-favored-nation clause)』(「MFN条項」)等と呼ばれているものです。

これは、アマゾンの通販サイトでの販売価格が、ライバルである他の通販業者等の通販サイトでの販売価格よりも高くならないこと(アマゾンで買うのが一番安いか、少なくとも他で買うのと同じ価格であること)を、出品者に対して約束させるものです」

アマゾンが販売業者に「安価設定」要求…公取委はなぜ立ち入り検査に踏み切った? - 弁護士ドットコム

 

最恵国待遇条項について、報道のみでは独占禁止法上または競争法上、なぜ問題となり得るか、つまりどのような競争に対する悪影響が生じ得るかが理解しにくい面があります。簡潔にまとまったものとしては、

中野清登. (2015). ビジネスを促進する 独禁法の道標 (第 22 回) 最恵国待遇条項が競争に与える影響. Business law journal, 8(11), 72-81.

となります。

本論文では、最恵国待遇条項の反競争性を下記の2点として説明しています。

(1)競争者の排除または新規参入の阻止

既存事業者(A)とその上流の事業者(B)の間に最恵国待遇条項が存在することにより、新規参入者が上流の事業者(B)から安価に調達することができず、結果、既存事業者(A)の存在する市場に参入することが困難となる。

(2)協調的行動の促進

ある市場(川下市場)の競争者が並列的にその上流の事業者との契約に最恵国待遇条項を取り入れている場合、この上流事業者は一社との間で値下げすると他の取引先(川下)にも値下げする必要が生じ、値下げのインセンティブが低下する。上流に複数の事業者が存在し、それぞれ下流との契約に最恵国待遇条項が含まれていて、値下げのインセンティブが低下していることを互いに認識していた場合、上流の事業者間で価格の維持や値上げといった協調的行動が促進される可能性がある。

 

ただし、本論文は最恵国待遇条項の一般論を述べていますが、プラットフォーム関連の事案として考える場合は留意が必要な箇所があります。(2)の点は、卸売価格への影響に見えるものの、アマゾンのマーケットプレイスやホテル予約サイトといったプラットフォーム型(代理店モデル)の取引の場合は、小売価格に直接影響するものと考えらえます。

 

より端的には下記の白石教授のツイートが示しています。

  

 ところで

中野清登. (2015). ビジネスを促進する 独禁法の道標 (第 22 回) 最恵国待遇条項が競争に与える影響. Business law journal, 8(11), 72-81.

 

 では興味深い記載がありました。

公取委の執行はカルテルが大半であり)公取委最恵国待遇条項のような新規性が高い行為態様への法執行について慎重であると思われる。また、最恵国待遇条項は効率性の向上に資する場合があるため、最恵国待遇条項についての法執行においては、反競争性と効率性の向上のそれぞれについて慎重な判断が必要であるところ、その判断は容易ではない。そのため、公取委が近い将来に最恵国待遇条項の反競争性に着目した摘発を行う可能性は低いと思われる。

 

 未だ措置という意味で法執行はなされていないものの、「摘発」との言葉からは著者は公取委の立入調査も消極的に予想していたのではないかと考えられます。

これは、予想が外れたことを批判するのではなく、当時としては合理的な予想であったが、状況が変化したことを示唆するものとして考えています。

 

以下のような指摘もありました。

(注)2016年6月17日付で、山本佐和子審査局長が就任しています。 

http://mainichi.jp/articles/20160615/ddm/008/060/154000c

 

教科書事件と警告・確約制度

「義務教育諸学校で使用する教科書の発行者に対する警告等について」の公表に際して、平成28年7月6日に事務総長定例会見が行われました。

 

平成28年7月6日付 事務総長定例会見記録 :公正取引委員会

 

総長定例会見の中で興味深い発言があったので紹介したいと思います。

なお、事件については下記を参照してください。

(平成28年7月6日)義務教育諸学校で使用する教科書の発行者に対する警告等について:公正取引委員会

 

(1)排除措置命令と警告

本件については、明確な発言はありませんが、排除措置命令を行うことも可能であったが、迅速な措置の観点から警告を行ったように感じられます。

例えば、下記の発言です(太字は引用者による。)。

この件につきましては,先ほど申し上げましたように,認め得る行為があったというふうには我々としては考えておりますが,他方で,先ほど申し上げましたように,まず第1に9社という,教科書発行者は22社というふうに理解しておりますが,そのうち9社という多くの教科書発行者が本件問題行為をしていたということでございますので,できるだけ早く本件の問題の処理を通じて公正取引委員会としての考え方を示して,この分野における公正で自由な競争を確保するということが何よりも私ども大事だと考えたところであります。

「先ほど申し上げました」がどの部分であるか判然としませんが、本件においては公取委として独禁法違反を認定し得る行為が存在したたようです。

繰り返しになりますけれども,公正で自由な競争を確保するという独占禁止法の目的,私ども公正取引委員会に与えられた使命を果たすために,どのような対応が個別の問題,本件問題について一番効果的で厳正な措置となるかということから,私どもとしてこの措置,警告の措置を採ったところであります。

独禁法違反を認定することも可能であったにもかかわらず、迅速的・効果的かつ厳正な措置の観点から、公取委が警告を選択した模様です。

 

会見の参加者もそのように受け止めていることが見受けられます。

(問) 冒頭に御説明いただいた,警告を打ったのは,できるだけ早く現状を是正させることが大事だからという判断だとおっしゃいました。

 

また、措置に関して、排除措置命令は命ずることが「できる」規定であり、特に既往の行為については、「特に必要があると認めるときは」命ずることができるものであるという制度であることを踏まえて、行政指導である警告にしたことが示唆されております。

これは例えば独禁法そのものにも,もうやめている行為,いわゆる既往の行為については,私どもの排除措置命令については,特に必要があるときに,排除の確保をするために,あるいは再発防止のために特に必要があるときにできると,こういう独禁法の建てつけからいっても,何が何でも白黒つけて調査をして詰めて,白黒して法的措置を採るのは,多くの場合,それが一番相手方にとって改善を促すという意味にとって効果があるというのはおっしゃるとおりですが,本件のように,もう文部科学省の指導があり,あるいは業界団体の自主的な努力もあって,問題の改善の方向に動きつつあるときに,公正取引委員会,しかもルール基準について案が示され,私どもとしてもその案について実効あらしめる観点から,意見を求められたときに,今おっしゃったような法的措置が一番厳正な措置であるという判断は私どもはしておりません

 

しかし、排除措置命令(行政処分)が「特に必要である」と認められないにもかかわらず、警告(行政指導)が必要である状況がどのようなものであるのかは判然としません。
また、日本の法令上、警告とは、「法第三条、第六条、第八条又は第十九条の規定に違反するおそれがある行為がある又はあったと認める場合」(公正取引委員会の審査に関する規則(平成十七年十月十九日公正取引委員会規則第五号)26条)の措置です。すると、法令上、警告の対象は違反する「おそれ」のある行為に限定されており、違反行為を認定し得る(できる)行為を対象にできるとは直接的には規定されていないと考えられます。

 

(2)警告と確約制度

本件の警告は、EU等で導入されている確約制度に類似した措置であることが示唆されています。

確約制度はTPPにおいて導入が必要とされており、日本としても制度改正が必要なようです。*1

その確約制度と共通する考え方を持って、本件の処理になった模様です。もちろん、事務総長としても、確約制度と警告が異なるものであることは認識しているようです。

警告では法律的な担保がないこと、公取委からの一方的な行為であることなどを踏まえると、確約制度と通底する考え方があると直ちに考えることはできないとは思います。しかし、本件の処理は確約制度の事実上のモデルケースとなり得るかもしれません。

それから,これもあまりこういう比較もどうかと思いますけども,諸外国で取り入れられてる自主的な解決の制度,EUの確約等も,やはり相手が改善措置を採るのであれば,速やかな確約という措置を採ろうということで,今回の,今私が申し上げた考え方と背景的には一致するところがあると。制度として全く違いますけれども,考え方としては共通するところがあるというふうに私個人は考えております。

本件の処理からの示唆としては、第一に、カルテル、談合は確約の対象外ということが改めて示されたようです。

 繰り返しになりますけれども,課徴金,この場合の27年度の執行状況のときも少し申し上げたかもしれませんが,法的措置というのは非常に厳正で,カルテル,談合を抑止するために最も効果があるというのは私ども信じておるところでございますが,他方で,常にそうかというのは,必ずしもそうではないというのが私どもの考え方でありまして,この問題もその一つの例であると思います。

もともと、価格カルテル、入札談合等は確約制度の対象外と説明されてきました。*2

 

第二に、全体としての、競争回復の状況を踏まえて判断されることが示唆されています。本件では、文部科学省の指導や業界団体の自主的な努力による状況の改善傾向を考慮した模様です。また、既に取り止められた行為(既往の行為)であることも考慮された可能性があります。

これは例えば独禁法そのものにも,もうやめている行為,いわゆる既往の行為については,私どもの排除措置命令については,特に必要があるときに,排除の確保をするために,あるいは再発防止のために特に必要があるときにできると,こういう独禁法の建てつけからいっても,何が何でも白黒つけて調査をして詰めて,白黒して法的措置を採るのは,多くの場合,それが一番相手方にとって改善を促すという意味にとって効果があるというのはおっしゃるとおりですが,本件のように,もう文部科学省の指導があり,あるいは業界団体の自主的な努力もあって,問題の改善の方向に動きつつあるときに,公正取引委員会,しかもルール基準について案が示され,私どもとしてもその案について実効あらしめる観点から,意見を求められたときに,今おっしゃったような法的措置が一番厳正な措置であるという判断は私どもはしておりません 

 

第三に、排除措置命令のみならず、課徴金納付命令の対象にもなっていることが、確約制度の利用の如何に関連する可能性があります。

前記の発言で、既往の違反行為に対する排除措置命令の条文に言及されていることも興味深いです。

独占禁止法

(排除措置)
第七条
 第三条又は前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。
(2)公正取引委員会は、第三条又は前条の規定に違反する行為が既になくなつている場合においても、特に必要があると認めるときは、第八章第二節に規定する手続に従い、次に掲げる者に対し、当該行為が既になくなつている旨の周知措置その他当該行為が排除されたことを確保するために必要な措置を命ずることができる。ただし、当該行為がなくなつた日から五年を経過したときは、この限りでない。

 

課徴金納付命令は、排除措置命令とは違い公取委に裁量はありません。

(課徴金、課徴金の減免)

第七条の二

 事業者が、不当な取引制限又は不当な取引制限に該当する事項を内容とする国際的協定若しくは国際的契約で次の各号のいずれかに該当するものをしたときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、当該事業者に対し、当該行為の実行としての事業活動を行つた日から当該行為の実行としての事業活動がなくなる日までの期間(当該期間が三年を超えるときは、当該行為の実行としての事業活動がなくなる日からさかのぼつて三年間とする。以下「実行期間」という。)における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額(当該行為が商品又は役務の供給を受けることに係るものである場合は、当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した購入額)に百分の十(小売業については百分の三、卸売業については百分の二とする。)を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない

 

このような条文の相違を踏まえると、課徴金納付命令の対象とならない行為については、確約制度の対象になりやすい、つまり公取委が確約制度による措置を提案する可能性が高いかもしれません。この、第三の点はやや根拠が薄く、推測による部分が大きいです。

 

 

欧州委員会の「警告」/異義告知書(Statement of Objections )

グーグル社の広告やショッピングに関連する行為について、欧州委員会が異義告知書(Statement of Objections )を発出しました。

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission takes further steps in investigations alleging Google's comparison shopping and advertising-related practices breach EU rules*

 

従来同様ですが、欧州委が異義告知書(Statement of Objections )を被疑事業者に発出した際、日本での報道では「欧州委員会が警告」と表現されることが相当あります。

例えば下記です。

www.asahi.com

 

欧州委の「警告」と表現した場合、読者が日本の独占禁止法上や行政法上の警告と同様に認識する可能性もあると考えられます。日本の独占禁止法上、警告とは、

委員会が、法第三条、第六条、第八条又は第十九条の規定に違反するおそれがある行為がある又はあったと認める場合において、当該事業者又は当該事業者団体に対して、その行為を取りやめること又はその行為を再び行わないようにすることその他必要な事項を指示することをいう。

とされています。*1

つまり、違反する「おそれ」がある行為に対する措置になります。また、行政指導となります。*2

 

日本や独占禁止法のイメージからすると、違反ではないが違反のおそれから警告したり、警告に対応することで通常は正式な措置を免れることができたり、あるいは警告により手続が終了すると、といった印象を読者が持つこともあろうかと思います。

しかし、欧州委員会Statement of Objections は日本独占禁止法の警告とは全く異なる手続となります。

 

具体的には、下記となります(前記のEUプレスリリースに記載)。

A statement of objections is a formal step in Commission investigations into suspected violations of EU antitrust rules. The Commission informs the company concerned in writing of the objections raised against them. The company can then examine the documents in the Commission's investigation file, reply in writing and request an oral hearing to present their comments on the case before representatives of the Commission and national competition authorities.

 

つまり、異義告知書は、被疑行為の調査における正式な手続(Step)であり、欧州委が被疑事業者に書面で通知し、被疑事業者には書面での反論や口頭での陳述の機会が与えられます。独占禁止法で言えば、正式な行政処分(排除措置命令)の前の事前通知が異義告知書に近いと考えられます。

マスコミとして、ワンフレーズで見出しを付ける必要性もあるのでしょうが、「警告」との表現は弊害が大きいように感じます。

  

 

(参考)

法令等では下記のとおり規定されています。 

COMMISSION REGULATION (EC) No 773/2004 of 7 April 2004

relating to the conduct of proceedings by the Commission pursuant to Articles 81 and 82 of the EC Treaty

 CHAPTER V

EXERCISE OF THE RIGHT TO BE HEARD

Article 10

Statement of objections and reply

1. The Commission shall inform the parties concerned of the objections raised against them. The statement of objections shall be notified in writing to each of the parties against whom objections are raised.


2. The Commission shall, when notifying the statement of objections to the parties concerned, set a time-limit within which these parties may inform it in writing of their views. The Commission shall not be obliged to take into account written submissions received after the expiry of that time-limit.

 

Commission notice on best practices for the conduct of proceedings concerning Articles 101 and 102 TFEU

  • 3.1.1.1. Purpose and content of the Statement of Objections
  • The Statement of Objections sets out the preliminary position of the Commission on the alleged infringement of Articles 101 and/or 102 TFEU, after an in-depth investigation. Its purpose is to inform the parties concerned of the objections raised against them with a view to enabling them to exercise their rights of defence in writing and orally (at the hearing). It thus constitutes an essential procedural safeguard which ensures that the right to be heard is observed. The parties concerned will be provided with all the information they need to defend themselves effectively and to comment on the allegations made against them.

 

 むしろフロー図でみると、異義告知書が発出される状況がわかりやすいかもしれません。

 

f:id:japancompetitionpolicy:20160731024214j:plain

出典: Compilations of EU antitrust legislation Volume 1: General rules P8。赤枠での協調は引用者によるものです。

http://ec.europa.eu/competition/antitrust/legislation/handbook_vol_1_en.pdf

*1:公正取引委員会の審査に関する規則(平成十七年十月十九日公正取引委員会規則第五号)26条

*2:

平成28年7月6日付 事務総長定例会見記録 :公正取引委員会 でも明示的に言及されています。

酒の廉売規制

酒の廉売を規制する酒税法の改正がなされたました。これは議員立法によります。

概要や法律条文は下記にあります。

酒税法等の改正のあらまし(平成28年6月)|酒税関係法令等の改正|国税庁

 

報道では、酒の安売りを過度に規制し消費者の利益を損なうものであるとか規制や集票目当てであるといった批判的な言及が散見されます。*1

 

具体的な改正後の条文は次のとおりです。長いです。太字は引用者によるものです。

酒税法

酒類製造免許の取消し)

第十二条  酒類製造者が次の各号のいずれかに該当する場合には、税務署長は、酒類の製造免許を取り消すことができる。

六 酒類業組合法第八十四条第二項(酒税保全のための勧告又は命令)又は第八十六条の四(公正な取引の基準に関する命令)の規定による命令に違反した場合

酒類販売業免許の取消し)
第十四条  酒類販売業者が次の各号のいずれかに該当する場合には、税務署長は、酒類の販売業免許を取り消すことができる。

四 酒類業組合法第八十四条第三項(酒税保全のための勧告又は命令)又は第八十六条の四(公正な取引の基準に関する命令)の規定による命令に違反した場合

 

 酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律

(公正な取引の基準)

 第八十六条の三 財務大臣は、酒税の保全及び酒類の取引の円滑な運行を図るため、酒類に関する公正な取引につき、酒類製造業者又は酒類販売業者が遵守すべき必要な基準(以下「公正な取引の基準」という。)を定めるものとする。

 2 財務大臣は、公正な取引の基準を定めるに当たつては、酒類製造業者又は酒類販売業者の適切な経営努力による事業活動を阻害して消費者の利益を損なうことのないように留意しなければならない。

 3 財務大臣は、第一項の規定により公正な取引の基準を定めたときは、遅滞なく、これを告示しなければならない。

 4 財務大臣は、公正な取引の基準を遵守しない酒類製造業者又は酒類販売業者があるときは、その者に対し、当該公正な取引の基準を遵守すべき旨の指示をすることができる。

 5 財務大臣は、前項の指示に従わない酒類製造業者又は酒類販売業者があるときは、その旨を公表することができる。

 6 財務大臣は、おおむね五年ごとに公正な取引の基準に再検討を加え、必要があると認めるときは、これを改正するものとする。この場合においては、第二項及び第三項の規定を準用する。

(公正な取引の基準に関する命令)

第八十六条の四 財務大臣は、前条第四項の指示を受けた者がその指示に従わなかつた場合において、酒税の円滑かつ適正な転嫁が阻害され、又は阻害されるおそれがあると認めるときは、その者に対し、当該指示に係る公正な取引の基準を遵守すべきことを命令することができる。

 

公正取引委員会との関係)

第九十四条 財務大臣は、第四十三条第一項(第八十三条において準用する場合を含む。)の認可、第八十四条第一項から第三項までの規定による勧告若しくは命令又は第八十六条の三第一項の規定による公正な取引の基準の制定(同条第六項の規定による公正な取引の基準の改正を含む。)をしようとするときは、あらかじめ、公正取引委員会に協議しなければならない。 

 条文を見ますと、いくつかのことに気づきます。

(1)販売業者(小売店)のみならず、製造業者の免許取消しも含まれていること

(2)具体的な公正な取引の基準は今後財務大臣が定めること。

(3)基準の策定にあたっては、「適切な経営努力による事業活動を阻害して消費者の利益を損なうことのないように留意しなければならない」ことや公正取引委員会に協議が必要であるといった留保があること。

(4)免許取消しのトリガーとなる「命令」はその前提となる「指示」に従わない場合のみに発せられるという二段階の方式であること。

 

ところで、法改正成立(参議院通過)の写真を見ると、全会一致ではなく、一人だけ法改正に反対している議員がいます。

ニュースでもその画像が表示されていました。

www.sankei.com

 

それを誰かと調べると

山本太郎議員(生活の党と山本太郎となかまたち

です*2

なお、当ブログは各党や各議員の支持・不支持などを主張するものではありません。事実関係として述べているのみです。

既にこの事実に言及する情報もあります。

thepage.jp

 

ちなみに、参議院は各議員の投票結果がインターネット上で明示されるようですが、衆議院においては同様ではありませんでした。

 

 

 

押し紙の報道(2)考察

押し紙報道の発端となった杉本公正取引委員会委員長講演(2016年2月15日)について、考察します。

経緯は前回のブログをご覧ください。

押し紙の報道(1)講演での発言概要 - 競争政策研究所

 

前回の最後に以下の考察を述べました。それらを詳述します。

  1. 質問者の記者は押し紙のみならず、再販適用除外等を含めた新聞社やマスコミ関係の行為や規制に問題意識を持っていること。

  2. 杉本委員長は非常に慎重な言い回しをしていること。特に再販適用除外に対する考え方は述べず、また、新聞特殊指定の見直しを考えていない旨を明言していること。

  3. 押し紙の取締りについては、「モニター」との用語を用いており、一般的な監視を念頭に置いていること。逆にいえば、インヴェスティゲーションといった、現在特定の事件を調査していることは述べていないこと。

 

(1)質問者の意図

質問者の記者は、新聞の消費税の軽減税率や特商法についての「消費者委員会での議論」について、述べた後に杉本委員長の再販適用除外に対する考え方を第1番目に質問しました。押し紙の質問は2番目です。

新聞の消費税の軽減税率は、消費税10%への引き上げ時に、週2回以上発行される新聞(定期購読契約に基づくもの)は8%の軽減税率が適用されるというものです。*1軽減税率の対象の議論の際は、新聞社は新聞軽減税率の必要性を大きく報道し、あるいは食品の軽減税率対象範囲の議論とは論調が異なる報道をしました。*2「消費者委員会での議論」は、特商法の改正に関連した、消費者委員会の審議会での議論やその後の経緯を指すものと思われます。*3

このようなマスコミ、新聞社に対する特異的な動向や配慮を踏まえて、新聞社等に特別に許された再販適用除外について、質問者は杉本委員長に見解を問うています。

結局杉本委員長から明確な答えはありませんでしたが、質問者は押し紙のみならず、新聞社・マスコミに対する広範な問題意識を持っているのではないでしょうか。

 

(2)杉本委員長の回答

杉本委員長は非常に慎重な回答をしています。これは推測ですが、「自身がマスコミ関連の独禁法上の適用除外・例外を見直す意図がある」と新聞業界をはじめとするマスコミ業界に警戒感を抱かせないためのものではないでしょうか。

再販適用除外については平成13年(2001年)にかけて見直しを検討し、新聞特殊指定の見直しについては平成18年(2006年)ころに検討していますが、いずれもマスコミやマスコミの影響を受けた政治の影響で、事実上の断念をしています。

著作再販制度の取扱いについて(平成 13 年 3 月 23 日 公正取引委員会

http://www.jftc.go.jp/hourei.files/chosakuken.pdf

特殊指定の見直しについて(平成18年5月31日 公正取引委員会

http://www.jftc.go.jp/dk/seido/tokusyushitei/press.files/06060205.pdf

 杉本委員長はその際の経緯を知っていたり、竹島前委員長から引き継ぎを受けたりして、マスコミを刺激することは避けたのではないでしょうか。だからこそ、再販適用除外についての考え方を述べず、新聞特殊指定については、「今のところ」見直しを考えていないと明言しました。「今のところ」との留保があるとは言え、相当のリップサービスではないかと感じます。

ところで、新聞特殊指定については、あまり紹介されませんが、具体的には下記です。*4

(1)新聞発行本社が地域又は相手方により多様な定価・価格設定を行うことを禁止(ただし,学校教育教材用や大量一括購読者向けなどの合理的な理由がある場合は例外。)。
(2)販売店が地域又は相手方により値引き行為を行うことを禁止((1)のような例外はない。)
(3)新聞発行本社による販売店への押し紙行為(注)を禁止。
(注)押し紙:注文部数を超えて供給し,又は自己が指示する部数を注文させること 

 新聞社としては、(1)や(2)に行為が可能になることよって、あるいはそれをきっかけとして、再販価格の指定が適用除外が変更されることを懸念したと考えられます。(詳細は前に紹介した「特殊指定の見直しについて(平成18年5月31日 公正取引委員会)」の記載を参照)

 

(3)「モニター」の意味

杉本委員長は、押し紙について「モニター」すると述べています。これは調査(インヴェスティゲーション)という用語を使っていないことからすると、一般的な監視を意図するものと考えられます。2月中旬の講演の後の3月末に朝日新聞社に対する注意があったようですが、これは偶然の可能性も十分あります。

押し紙について、朝日新聞社に対して立入検査をしたり、報告命令をしたりといった独占禁止法上の権限を行使して調査を行っているとの報道はありませんでした。よって、杉本委員長は具体的な大規模な調査中の事案を念頭において発言したというよりも、一般的な意味で監視を行い、違反行為が認められた場合には措置を行うというまさに「一般論」を述べたのみに感じられます。

ところで、公正取引委員会の「注意」という措置について調べてみましたが、判然としませんでした。

 

  1. 排除措置命令および課徴金納付命令
  2. 警告
  3. 注意
  4. 打切り

 

という重大さの順位があるようです。また、下記の説明がありました。

Q25 排除措置命令ではどのようなことが命じられるのですか。 法的措置ではない警告や注意とはどのようなものですか。

A. 排除措置命令では,例えば,価格カルテルの場合には,価格引上げ等の決定の破棄とその周知,再発防止のための対策(例えば,独占禁止法遵守のための行動指針の作成,営業担当者に対する研修)などを命じます。
 また,排除措置命令等の法的措置を採るに足る証拠が得られなかった場合であっても,違反するおそれがある行為があるときは,関係事業者等に対して「警告」を行い,その行為を取りやめること等を指示しています。
 さらに,違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが,違反につながるおそれがある行為がみられたときには,未然防止を図る観点から「注意」を行っています。

よくある質問コーナー(独占禁止法):公正取引委員会

 排除措置命令は行政処分であり、警告は行政指導のようです。*5

注意は「違反につながるおそれがある行為がみられたときには,未然防止を図る観点から」行うとされていますが、行政指導ではないのでしょうか。あるいは、注意と警告の差は具体的に何でしょうか。

 

(完)

 

押し紙の報道(1)講演での発言概要

2016年2月15日の杉本公正取引委員会委員長の日本記者クラブでの講演が一部で話題になっています。次のサイトにはyoutubeの講演動画へのリンクもあります。

www.jnpc.or.jp

 

話題になっているのは「押し紙」についてのみです。それも講演本体でなく質疑応答でのやり取りです。

例えば次の記事です。ちなみに、記事の作者は講演の質疑応答で言及されています。

発行部数を「水増し」してきた朝日新聞、激震! 業界「最大のタブー」についに公取のメスが入った | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

 

また、前の記事によると、2016年3月末に朝日新聞社は、押し紙について公正取引委員会から注意を受けたとのことです。ただし、「販売担当の営業社員と販売店との数年前のやりとり」に関しての注意のようです。

 

話題になっている押し紙関係の質疑応答を文字起こしいたしました。 該当の質疑応答は1:23:30(youtube)くらいです。

長いですが引用します。

 

(質問者)

 朝日新聞の(記者名)といいます。せっかくマスコミの日本記者クラブの講演だということなのでマスコミ業界のことをお尋ねしたい。再販価格の話も先ほど少し杉本委員長からも話題が出ました。消費税の軽減税率の適用や昨年は特商法の問題もありまして、消費者庁、消費者委員会を舞台に結構激しいやりとりがあったと思うんですが、再販価格についてどのようにお考えかというのが1点。
 2年前、朝日新聞は大変な大騒動が起きまして、従軍慰安婦の問題、吉田調書の問題で大きく部数が落ちたんですね。私も、いったい販売現場でどんなことが起きているのだろうと販売店を調べに行った次第。そこでお話をうかがうと相当押し紙というものが横行しているとのこと。みんな新聞社から配達されてビニールでくるまったまま、そのまま古紙回収業社が回収してくと。かなりの割合で、私が見聞きした限りだと25%から30%くらいが押し紙になってる。どこの販売店主もなんとかしてほしいんだけど、新聞社がやってくれないと。おそらくこれは朝日に限らず毎日も読売も日経もみんな同じような問題を抱えていると思います。昨年暮れには新聞社販売局という小説が、幸田泉さんというおそらく毎日新聞のOBじゃないかと思うんですが、お書きになった小説があって非常に赤裸々に新聞の販売現場について書かれています。かなり販売店主の中には公取委に相談にいってるという話をちらほら耳にしたんですが、押し紙の問題について委員長はどのようにお考えになっているでしょうか。二つお願いします。

(杉本委員長)
 新聞の話につきましては、再販の問題と先ほど申しあげた不公正取引の中の特殊指定の問題があります。再販は新聞だけでなく雑誌だとか幾つかのものに例外として認めているわけでございます。再販の場合は、再販をしてもいいよという話でありまして別に再販しなくてもいいわけで新聞社が自主的に判断されて、私ども(引用注:新聞社)は再販しないよということを判断されれば別に問題ないわけでございます。再販という行為が独禁法禁止行為ですので、もしそれ(引用注:再販適用除外)がある場合は、私ども(引用注:公取委は問題にしましょうというところが再販行為をされても問題にしませんよという取り扱いであるわけでございます。それがもう一つ不公正取引の特殊指定がありまして、これがおっしゃるとおり販売店がその地域とかその相手方によって値引きしてはいけませんよという話と、それから押し紙はだめですよということを決めている。これはむしろ義務的というか強制的な、再販は任意的であるが特殊指定という領域は義務的な話であります。
 私の前任者のときに特に問題にしましたのが特殊指定というものまでまだ維持していく必要があるのかというところであったわけでございますが、いろいろ議論をして、公正取引委員会としてはこの際特殊指定を外すべきではないかという議論をしたが、なかなか新聞業界との議論が噛み合いませんでして、結局結論を得ずにこれ以上特殊指定からの排除は当面は維持しません(引用注:「特殊指定は排除しません」か「特殊指定は当面は維持する」の趣旨と考えられます。)よというところで決着をしているわけです。そこは私が蒸し返すかどうかという話は特に私としてそこをあらためてこの時点において積極的に問題にするかどうかというと、今のところは考えていないというのが実態であります。
 それから今の制度におきましても押し紙というのは私どもとしてはこれはだめだと禁止しているわけでございますから、おっしゃるように押し紙の実態が相当あるのかどうかということを私どもとしてはきちんと絶えず、モニターしているところでございまして、そういう実態が発見できれば必要な措置を当然とることはやっていかないといけないと思っているところであります。

 

質疑の記録を見ると、全体の構造が分かります。

記者は(1)再販について、(2)押し紙について、の2点を質問しています。

杉本委員長は、(1)再販について は

・再販売価格維持行為の適用除外の制度の説明を行い、再販売価格維持行為は本来独禁法上違法であるが新聞等は適用除外があるため、新聞社は再販売価格維持行為を任意で行うことも可能(違法にはならない)

と述べています。

杉本委員長の考えについては明確に述べていないように思われます。

また、(2)押し紙についての前段階として、

押し紙の禁止を定めている新聞特殊指定の説明として、再販売価格維持行為(の適用除外)とは違い、押し紙は任意で実施できるものではなく、義務的に禁止されていること

を述べています。

また、

竹島前委員長時代に、新聞特殊指定の見直しを検討したが、最終的に「結論を出すことを見合わせることとした」こと

を述べています。

そして、

・自分は、現在のところ、新聞特殊指定を見直す予定はないこと

を表明しました。

その上で

押し紙の実態の有無について、「モニター」するとともに、そのような実態を把握した場合は必要な措置をとる

と締めくくりました。

 

これらの全てのやり取りを眺めると、次のことに気付きます。

  1. 質問者の記者は押し紙のみならず、再販適用除外等を含めた新聞社やマスコミ関係の行為や規制に問題意識を持っていること。
  2. 杉本委員長は非常に慎重な言い回しをしていること。特に再販適用除外に対する考え方は述べず、また、新聞特殊指定の見直しを考えていない旨を明言していること。
  3. 押し紙の取締りについては、「モニター」との用語を用いており、一般的な監視を念頭に置いていること。逆にいえば、インヴェスティゲーションといった、現在特定の事件を調査していることは述べていないこと。

詳細は次回に続きます。

 

参考 続報

(1)国会での質疑

その後、2016年5月10日の参議院経済産業委員会でも質疑がなされました。内容は同様のようです。

経済産業委員会 第9号 平成二十八年五月十日(火曜日)

和田政宗君 日本の和田政宗です。  法案の質問に入る前に、最近報道されております新聞の押し紙問題について、公正取引委員会に短く聞いていきます。  押し紙は、新聞発行者が販売店に余分な新聞を買わせるものですが、この押し紙をめぐり、三月末に朝日新聞社公正取引委員会から注意を受けたとの報道がありますが、これは事実でしょうか。また、注意の内容はどのようなものでしょうか。

○政府参考人(山田昭典君) お答え申し上げます。  公正取引委員会は、調査を行いました結果、独占禁止法に違反すると認定した場合には排除措置命令等を行っておりますけれども、独占禁止法違反の疑いのある行為が認められなかった場合におきましても、違反につながるおそれが見られる場合には、違反行為の未然防止を図るという観点から当事者に注意を行っております。今お尋ねの朝日新聞社に対する件でございますけれども、個別の事案の中身でございますので詳細は控えさせていただきますが、当委員会が朝日新聞社に対しまして、三月に販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったということは事実でございます。

和田政宗君 個別の案件はということでありますので、それではお聞きをいたしますけれども、押し紙行為が行われていることが判明した場合には、公正取引委員会はどのように対処するんでしょうか。

○政府特別補佐人(杉本和行君) お答えさせていただきます。  独占禁止法は、不公正な取引方法を禁止しております。新聞紙につきましては、新聞業における特定の不公正な取引方法というものにおきまして、発行業者が販売業者に対して、正当かつ合理的な理由がないのに、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること、又は、販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給することにより販売業者に不利益を与えることを不公正な取引方法として禁止しているところでございます。  公正取引委員会といたしましては、このような行為が行われている場合には厳正に対処してまいりたいと考えておるところでございます。

 

(2)総長定例会見

上記の国会答弁を踏まえて、 2016年5月11日の総長定例会見でも質疑応答がありました*1。類似事例については回答しておらず、目新しい情報はないようです。

 (問) 昨日の参議院経済産業委員会で,押し紙のことについて質疑があって,朝日新聞に対して注意を行ったというコメントがあったようですが,改めてその事実確認と,今後の対応,朝日新聞だけでなくて,一般的に行われているといわれていますが,朝日新聞と似たような事例があれば教えてください。
(事務総長) 国会で答弁いたしましたように,公正取引委員会朝日新聞社に対しまして,販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったことは事実でありますが,個別事案の注意に関することでありまして,詳細については,これ以上のお答えは差し控えさせていただきます。
 いずれにしましても,公正取引委員会は新聞の特殊指定も含め,独占禁止法の違反行為に当たる行為があるという情報に接した場合には,今後とも厳正に対処していくつもりであります。

 

 

 

 

 

 

課徴金減免制度の適用事業者の公表(3)まとめと雑感

徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察

の続きです。

 

 実際のゲームへの影響を検討したいと思います。

 

(3)運用変更による「ゲーム」への影響

上記を前提にしつつ、囚人のジレンマ状況にどのような影響があるかを検討します。

 *1

従前の状況を表1のとおりとします。

 表1 従前の状況

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,12
A リニエンシー 12,2 4,4

 この場合、ABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(4、4)が均衡となります。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは12のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは4のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(4、4)が均衡となります。

 

公表のデメリットが大きい場合(表1から−3)、例えば表2のとおりとなります。

表2一律公表によりリニエンシーの利益が3減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,9
A リニエンシー 9,2 1,1

 

この場合、ABともに黙秘が最適な戦略となり、左上の(10,10)が均衡となります。結果リニエンシーはなされません。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは9のため黙秘を選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは1のため黙秘を選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によって黙秘を選ぶことになり、結果左上の(1、1)が均衡となります。

 

公表のデメリットが小さい場合(表1から−0.5)、例えば表3のとおりとなります。

表3一律公表によりリニエンシーの利益が0.5減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2 , 11.5
A リニエンシー 11.5 , 2 3.5 , 3.5

 

この場合、表1と同様にABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(3.5、3.5)が均衡となります。

 

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは11.5のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは3.5のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(3.53.5)が均衡となります。

 

このように囚人のジレンマゲームにおける影響は、ひとえに一律公表のデメリット(追加的なデメリット)次第といえます。  そして、前回の(2)のとおり、今回の運用変更のデメリットは大きく無いものと考えています。

(4)事件審査への影響

これまでは、減免申請(検討)者を一般的に分析しましたが、より具体的に分析することによって、減免申請のみならず公取委の事件審査への影響を考察したいと思います。結論から述べると、仮に一律公表により減免申請件数に影響があったとしても、公取委の事件審査に大きく悪影響を及ぼすおそれは少ないと考えられます。理由は以下のとおりです。

①事前1位申請による端緒機能の確保

前回記事の(1)で述べたとおり、事前第1位申請者(免除者)は従来から事実上明らかであったため、運用変更により一律公表されたとしても、影響は少ないと考えられます。言うまでもなく、事前第1位申請者の情報は最も重要な端緒であり、事件調査の契機となります。他方、事前第2位以下や事後の申請者は、端緒ではなく実態解明のための追加的な情報・証拠となります。

しかしながら、公取委は下記のとおり、課徴金減免制度の機能として端緒面を強調しています。したがって、仮に、事後申請者らが一律公表により申請を躊躇したとしても、事前第1位申請者からの端緒があれば、課徴金減免制度や事件審査は一定程度機能するものと考えられます。

違反事件の端緒を得るためのツールとしては機能しているが,それ以上の協力を促す効果,非協力を抑止する効果はない。

 

出典:独占禁止法審査手続についての懇談会(第5回)公取委提出資料4 P5

http://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/kaisaijokyo/mtng_5th/mtng_5-2-1.pdf

②上場企業による申請の確保

カルテルに関しては、役員に対して株主代表訴訟のリスクも生じます。例えば、過去の事例では、「原告側は住友電工公取委の課徴金減免制度を利用しなかった責任も追及」したとの例があります。*2

このような現状からすれば、少なくとも上場企業においては、株主代表訴訟の場はもとより申請の是非を意思決定する状況において、「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」といった理由で「一律に申請の事実が公表されるため申請をしない」との説明することは困難と考えられます。

すると、上場企業が関与するような大型事件については、依然として減免申請される可能性が高いと推測します。公取委はこれまでも基本的に大型事件を優先的に着手するため、上場企業からの申請があれば減免制度はそれなりに機能すると考えらえます。

 

(5)まとめと雑感

このように私としては、今回の運用変更で、少なくとも大きな悪影響が生じるとは考えていません。

しかし、実際に悪影響があり、減免申請の件数や事件件数が減少した場合、運用を再度見直すべきと考えています。ただ、申請の実績やそれによる公取委の措置について透明性が確保されていないと、この運用変更によって事件件数が減少したとしても公取委は認めずに、他の状況の変化による減少と強弁することが可能となります。このような観点から、一律公表以外の「透明性の確保」も重要ではないでしょうか。

リニエンシー制度は、競争当局に裁量的な制裁金や罰金の算定制度を前提として、制裁金等を免除したり、減額する要件を競争当局が事前に明らかにする制度でした。 欧米のリニエンシー制度も幾度かの制度変更を経てきました。その意味で、日本が運用変更を行うこと自体は特異的なものではありません。しかし、欧米の場合は十分に利用されてこなかったリニエンシー制度の減免の要件を明確化する方向、つまり制度のインセンティブを高める方向の制度変更だったようです*3。対して、日本の場合は、当初からリニエンシー制度の活用を促すため相当に要件を明確化し、企業に大きなインセンティブを与える制度・運用であったといえます。すると、欧米の制度変更に比べて、今回の運用変更を含めて日本運用変更は、過去に比べて使い勝手が悪くなる(インセンティブを低下させる)ため企業や弁護士からの批判を必然的に招くものとなります。

仮に、最適なリニエンシーの制度や運用が存在するとして、欧米のように従来に比して緩和して最適点を模索する戦略と、日本のように従来に比していわば規制強化して最適点を模索する戦略があります。前者は企業や弁護士の反発を招きにくい一方、後者は当社からリニエンシーのメリットを享受することができます。

欧米のみならず世界中でリニエンシー制度が導入される中、各国の実態を踏まえて、今後も公取委には最適な制度・運用を目指して、必要に応じて不断の見直しを実施してほしいものです。もちろん、「最適」とは公取委にとって都合がよいだけではなく、社会的に最適との意味です。それを検証するためにも次は一層踏み込んだ公取委リニエンシー制度の活用状況の情報公開が重要ではないでしょうか。

ところで、一律公表との運用変更以外にも例えば課徴金納付命令書を全て公表し、事実上の減免申請者の公表を図るといった方策もあったかもしれません。

(了)

*1:マトリックスは下記を参考にしている。

http://www.jftc.go.jp/cprc/koukai/sympo/2005report.files/060127sympo1j.pdf

*2:

www.nikkei.com

*3:EUについては、例えば

http://www.gibsondunn.com/fstore/pubs/Sandhu_Offprint2.pdf

米国については、例えばDOJも「In August 1993, the Antitrust Division expanded its Corporate Leniency Policy (Amnesty Program) to increase the opportunities and raise the incentives for companies to report criminal activity and cooperate with the Division. 」としている。

https://www.justice.gov/atr/speech/corporate-leniency-policy-answers-recurring-questions

課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察

 前回

徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

の続きです。

 

今回の運用変更には例えば下記の批判がありました。

実際にどのような影響が起こり得るか検討したいと思います。 

 

(1)従前の取扱

まず強調したいのは、従前の取扱が「減免適用者のうち希望者のみ明示的に公表する」ものであり希望者以外は完全に秘匿されるものではありませんでした。

具体的には、免除者(事前第1位)の場合、排除措置命令書上は違反行為者であることは明らかであるにも関わらず、課徴金が賦課されていないため、別途減免適用者と公表されるまでもなく、概ね明らかであったと考えられます。例えば、コンデンサカルテルではリンク先のとおりです。*1

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/mar/160329.files/160329beppyou.pdf

また、事前2位以下や事後の申請者も課徴金納付命令書が審決集(審決等データベース)に代表例として掲載される場合は自身が申請者であることが明らかとなります。そうでない場合も情報公開請求がなされた場合は全ての課徴金納付命令書が公開されると考えられます。

もっとも、情報公開請求によって明らかになる事実を「公開」と同視することはやや無理があります。

しかし、少なくとも免除者については、事実上一律公表と同様であったと考えられます。

 

(2)運用変更による企業のメリット・デメリットへの影響

今回の運用変更によって、企業にとってのメリット・デメリットにはどのような影響があるでしょうか。

まず、企業にとってメリットは存在しない、または僅少と考えられます。なぜならば、従来であっても希望すれば公表できるとのオプション(企業が選択可能)であったからです。

デメリットとしては、何が存在するでしょうか。

リニエンシーの公表について: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。を引用します。

 

公表しなくてもだいたい新聞で、「あそこがリニエンシーを申請したとみられる」というように書かれてしまうので、公表してもしなくても変わらないといえば変わらないのですが、

「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」

という心情も、日本人としては非常によく理解できる気がします。

それに、上場会社でなくて代表訴訟のリスクもなく、公共工事もやってなくて指名停止も気にしなくていい、という会社の場合には、公表することに目に見えるメリットはありません。

需要者(被害者)が多数のカルテルなら、「うちはクリーンになりました」とアピールする意味もあるかもしれませんが、特定少数の需要者に対するカルテルなら、公表するよりも、その需要者に直接おわびに行くのが筋なわけで、やはり公表するインセンティブがありません。

国際カルテルならクラスアクションのリスクもありますからなおさらです。

(ちなみに米国は申請の事実は秘密にしています。)

 

要約すると、

(1)新聞で事実上報道されるので影響はない

(2) 「良いことしました」ことをアピールすることが気恥ずかしい

(3)株主代表訴訟のリスクを重視しない非上場企業、指名停止の軽減措置*2

(4)直接のおわびが重要な企業にはインセンティブがない

(5)国際カルテルの場合、クラスアクションのリスクに悪影響を与える(特に米国を想定していると推測されます。)

といったところでしょうか。

 

それぞれについて、運用変更による「追加的な」デメリットを検討します。

(1)については、是非はさておき、事実上デメリットは生じない

(2)については、気恥ずかしいことがデメリットになるのかよく分からない、また一律公表されるとむしろ自身の希望によるアピールでないので気恥ずかしさは低減する

(3)については、公表のメリットがないものの「デメリット」が生じるものではない、

(4)についても、インセンティブが生じないのみで「デメリット」ではない

と考えられます。

唯一(5)国際カルテルのクラスアクションへの悪影響

がデメリットとなる可能性はあります。

しかし、違反行為者として公表される以上、減免申請したことが公表されることによってリスクが大幅に上昇するとは考えにくいです。

原文は、減免資料のディスカバリーというリスクを高めるとの意図かもしれませんが、口頭申請で一定の手当がなされることや、減免申請の有無は課徴金納付命令書の情報公開請求ですぐに明らかとなることから、そのリスクが一律公表で大幅に上昇するとも考えにくいです。

ちなみに、米国は免除者(一位)の申請の事実は秘密にしているようですが、二位以下の違反行為者については捜査に協力して司法取引を行ったことが公表されます*3。そして、EUは減免率も含めて一律に公表されています。したがって、欧州と関連する国際カルテルの場合、日本の公表方針に関わらず減免の事実が公表されます。もちろん違反行為者の範囲、申請の有無、減免率は異なる可能性はあります。

 

このように、 運用変更による「追加的な」デメリットが具体的に指摘されているわけではないと考えられます。

 

より単純に言うと、場合によっては100億円単位の金銭的利益が得られる際に

「減免申請者であることが公表されるため、減免申請しない」

という判断が経営者に可能であるのか、あるいは

「メリット・デメリットを比較して、減免申請者として公表されることが分水嶺となる状況」

が生じ得るのか、

を考えると、私は現実的ではないと思います。

よって、一律公表は減免申請の決断時に大きな影響を与えないと推測します。

特に、(1)で説明したとおり、事前第1位の申請の場合は、従来と比べてほとんど影響が無いと考えられます。

しかしながら、私の検討外に大きなデメリットが潜んでいる可能性は否定できません。そのようなデメリットが指摘された場合は、本記事を再検討したいと思います。

 

(続)

*1:「概ね」としたのは、課徴金対象売上が無い場合や裾切り額を下回り課徴金が賦課されない場合は、従前の公表内容からは免除者が明らかでない可能性があるからです。

*2:公正取引委員会が課徴金減免制度の適用対象であると公表した場合、適用者の指名停止期間について通常の1/2に短縮されるといった運用が国や地方公共団体等によってなされます。 例えば、

独占禁止法改正に伴う指名停止運用申合せ改正及び指名停止苦情処理制度創設について

公契約に関係しない企業はこのような運用のメリットがなく、よって公表のインセンティブが生じないことを言いたいのだと考えらえます。

*3:米国の場合のリニエンシーは一位のみの制度ですが、二位以下についても協力として評価され、それを一定程度リニエンシーと類似した取扱となっているようです。

https://www.justice.gov/atr/file/518436/download 

http://www.oecd.org/competition/Leniencyforsubsequentapplicants2012.pdf の米国の報告(P151ー)を参照

課徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

過去の記事の中でリニエンシー関連の記事の閲覧数が比較的多いので、今回もリニエンシー関連の分析をしたいと思います。

 

2016年5月25日、公正取引委員会が課徴金減免制度の適用事業者について、従前は希望者のみ公表していたものを、一律に公表することを発表しました。*1

<課徴金減免制度の適用事業者の公表について>

 課徴金減免制度の適用については,従来,当委員会から積極的に公表しないこととしておりましたが,法運用の透明性等の観点から,今後は,同制度が適用された事業者について,当該事件の報道発表において免除の事実又は減額の率を一律に公表することとなりました。また,当該情報は下記「課徴金減免制度の適用事業者の公表」のページにも掲載されます。ただし,この新たな公表措置は,平成28年5月31日以前に課徴金減免の申請を行った事業者には適用されません。

 同日の総長定例会見でも発表され、質疑応答も行われています*2

このような運用変更を行った理由は必ずしも明確ではありませんが、総長定例から以下の情報が読み取れます。太字はいずれも引用者によります。

 

(1)本来は公表が原則との公取委の認識

  • この制度が積極的に活用されるということを期待いたしまして,施行当初より,事業者の側で減免を申請することのハードルとなる可能性のある公表を,希望した者のみにするという政策的な対応を行ってきたところであります。
  • 本来であれば説明責任という観点から公表していくべきところ
  • 減免事業者名の公表ということについては,昨日,今日考えてきたわけではなく,減免制度の機能を阻害しないのであれば,本来の姿に早く戻したいという気持ちは前々からあって検討してきた

公取委としては、減免制度適用者を公表することが本来的な運用、原則であり、いわば例外的取扱いとして、政策的にこれまでは希望者のみの公表としていたようです。

 

(2)運用変更の理由

  • 課さねばならない課徴金を減免したという事実を公表することも私どもの説明責任でありますし,また,これが透明性を向上させるものと判断いたしまして
  • あるいは外国の制度,特にEU等をみましても,公表をされているということも踏まえれば
  • 申請件数がそれなりに高い水準で継続しているということ,
  • 8割弱の事件について減免制度が公表ベースで利用されていたということに注目した

明確に説明されていないところですが、公取委は、義務的な課徴金であるにも関わらず十分な説明をしていないかったことをまず理由として挙げているようです。

また、透明性確保とも言及しています。ただし、説明責任と透明性確保との相違は別個の理由となるほど大きなものではないようにも感じられます。

海外当局の運用も勘案したようです。

そして、申請件数の推移と一定の事件で申請者が公表を希望していること、というこれまでの減免制度の運用も考慮しています。端的に言えば、過去の運用実績に照らすと、申請者を一律公表したとしても、今後の減免申請に大きな影響はないと判断したものと考えられます。記者の質問もこの点に集中しています。

 

(3)課徴金減免制度の運用実績

それでは、課徴金減免制度の運用実績を具体的に見てみます。確かに課徴金減免申請は、ここ7年間で年間50件以上となっています*3

単位:件)
年度 21
(注7)
22 23 24 25 26 27 累計
(注8)
申請
件数
85 131 143 102 50 61 102 938

 (注7) 平成21年独占禁止法改正法(平成21年法律第51号)により,平成22年1月1日から課徴金減免制度が拡充されている([1]減免申請者数の拡大:調査開始前と開始後で併せて5社まで(ただし,調査開始後は最大3社まで)に拡大する。[2]共同申請:同一企業グループ内の複数の事業者による共同申請を認める。)。
 (注8) 課徴金減免制度が導入された平成18年1月4日から平成28年3月末までの件数の累計。 

しかし、この数字はいわば申請者側に非公表のオプションがある前提のものと言えます。

次に「8割弱の事件について減免制度が公表ベースで利用」されているとの点についてです。これは総長定例質疑応答によると以下を意味するようです。

  • 減免対象の事件として法的措置を採ったものの中で,一人でも減免申請者があり,それが公表を希望した案件が8割弱であった

この発言の意味するところは、カルテル事件(減免制度対象事件)をベース(分母)として、「一人でも」減免申請者が公表を希望した事件(分子)の割合が8割弱であると考えられます。このため、(公表を希望した減免申請者)/(減免申請者)ではないため、実際にどの程度の減免申請者が公表を希望したのかは不明です。

例えば、以下のケースの両方が考えられます。

 ケースa

f:id:japancompetitionpolicy:20160608000940p:plain

ケースb

f:id:japancompetitionpolicy:20160608001153p:plain

 同じ事件ベースで8割弱が公表されていたとしても、減免申請者ベースでは公表希望者数に大きな乖離があります。

実際に公表を希望した減免申請者のリストをみると、公表希望者がケースbのように極端に少ないことはないと考えられます。しかし、減免申請者のうち公表を希望した者の割合は判然としません。

この点については、透明性を理由に運用を変更したにもかかわらず、その変更理由に透明性がないとの意味で皮肉に感じられます。

 

さて、今回の運用変更については、批判があるようです。

例えば、下記です。

kyu-go-go.cocolog-nifty.com

 

 

結論から述べますと、私はこれらの批判は状況を十分に把握できておらず、今回の運用変更によっても課徴金減免制度が大きく悪影響を受ける可能性は小さいと考えております。やや慎重な言い振りとしています。

詳細は次回で考察したいと思います。

(続)

 

 

 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(5)マスコミと独禁法

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

(3)黙示による意思の連絡

(4)コンプラ体制

の続きです。

 

今回は対談からマスコミと独禁法の関係を考察します。

 

 マスコミと独禁法との関係としては、加藤化学株式会社に対する審決(異性化糖及び水あめ・ぶどう糖の価格カルテル事件)が記憶に新しいところです。*1

この審決によると、各社は日経新聞の記者に対して、「値上げが必要な事情や各社の値上げの方針,値上げの状況を説明し,これを記事にしてもらうよう働きかけるなどの目的」で対応していたようです。審決の認定事実にも日経関連のやり取りが詳細に記載されています。また、記者の個人名も明記されています。この点について、審決で個人名まで言及する必要性があったのかは疑問があります。

本審決とマスコミの関係については、後日改めて考察する予定です。

 

この審決についての記事で、日経新聞は次の談話を掲載しています。

*2

日本経済新聞社広報室の話 正当な取材と認識していますが、結果的に価格カルテルに利用される形になったのは遺憾です。

 審決の記載からすると、記者は取材の過程でカルテルについて、少なくとも暗に認識していたものと推測します。それを「利用される」と称してよいかはともかく、自社にとって必ずしも好意的でない審決を記事にした点と談話を掲載する点は評価してよいのではないでしょうか。

 

前置きが長くなりましたが、今回の対談記事やその後のインタビューは同一の記者が担当しているようです。ダイヤモンド誌のビール関係の記事でも同名の署名記事をいくつか見ました。

同記者は、ダイヤモンド社の採用ページにも記載していますが、この対談記事について次のとおり語っています。*3

昨年の仕事の中で特に印象に残っているのが、年末にキリンビールアサヒビールの社長対談を企画したことです。ビール業界においてライバル企業のトップが日本のビール業界について語り合う機会は業界史上初の試みでした。市場の縮小により厳しい状況に置かれている業界だけあって、「もう無駄なシェア争いはしない」という両トップの発言は、業界関係者から大きな反響を頂きました。

「業界関係者から」の「大きな反響」がどのような内容であるかは分かりません。企業法務からすると、相当驚いた内容であったと想像できます。将来的にビール業界で何らかの独禁法事件があった場合には、この対談が一つの契機となっているのかもしれません。

 

また、企業の側からすると、このような記事が公になった場合、ビール業界は協調的な業界である(そのような側面がある)と認識されてもやむを得ないと考えられます。販売先からもそのように思われるリスクはあり、公正取引委員会も注視するのではないでしょうか。

 

公正取引委員会の「 企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」でも次のとおり述べられています。

*4

 単独行動による競争の実質的制限の観点からは問題とならなくても,協調的行動による競争の実質的制限の観点からは問題となる場合がある。

キリングループとサントリーグループは統合の報道もありましたが、最終的に2010年2月に交渉は終了しました。*5

しかし、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事でも言及されたとおり、国内での再編は今後も可能性が十分あるようです。*6

 

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において公取委から認められたものではありません。*7

 実際に独占禁止法上の企業結合審査となった場合を考えると、協調的な業界慣行を自ら対談やインタビューで示すダメージは大きいのではないでしょうか。キリンビールまたはアサヒビールグループが当事者となる事案においては、二次審査となる可能性が相当高いと考えられます。二次審査においては、業界慣行を踏まえた協調的行動を審査されるでしょう。また、これらの記事を見たとしたら、企業結合の担当者の心証も相当悪化しているのではないでしょうか。

 

 (完) 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(4)コンプラ体制

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

(3)黙示による意思の連絡

の続きです。

 

 

これまで対談のカルテル該当性について考察してきました。

今回は2社のコンプライアンス体制について、調べてみたいと思います。

 

公正取引委員会が「企業における独占禁止法コンプライアンスに関する取組状況について」報告書を公表しています。*1

同報告書によると、東証一部上場企業1,681社にアンケートをした結果、同業他社との会合等に関するルールを定めていない企業は46.4%とのことです。

一定数の上場企業は同業他社との接触について何らかのルールを設けているようです。具体的には下記のルールのようです。

f:id:japancompetitionpolicy:20160430221559p:plain

2社がどのようなルールを定めていたのか(定めていなかったのか)はわかりません。しかし、今回の対談は、社長の出席であるため、事前届出、事前の許可、事後の内容報告は意味をなさないかもしれません。

 

また、「⑤会合等の場における一定のルールを定めている。」と回答した企業における具体例も掲載されています。

・ 会合参加を原則禁止とする例
・ 会議冒頭にコンプライアンスの遵守を宣言することとしているとする例
・ 価格,数量等の話題が出たら不参加の表明を行い,直ちに退場することとしているとする例
・ 同業者同士の会合には,必ず第三者も同席させるとする例
複数の同業者が一堂に会する会議に参加する場合は,議事録を作成し,価格の取決めの際には退出することを義務化しているとする例
・ 社外の会合等は前もって広報部に届出をさせて,その目的や性質等を確認しているとする例
・ 会合出席の届出とコンプライアンスオフィサーの承認を必要としているとする例
・ 会合で違反行為があった場合は,問題点を指摘し,議事録に残すことを要求し,帰社後に報告することとしているとする例

弁護士による著作や講演でも、「価格に関する話になった場合はすぐに席を立つ」とのアドバイスが一般的だと思います。2社においては、そのような取決めが無かったのか、社長にまで浸透していなかったのか、特別の事情があったのか分かりません。

具体的な数字を示しての対談では無かったため、継続の判断だった可能性もあります。しかし、カルテルや談合は、最初から単刀直入に合意をするのではなく、各社の苦境について発言しあったり、お互いの腹を探るところから始まることも多いと考えられます。また、具体的な数字を用いてないにせよ、対談におけるシェア競争の停止の発言は相当踏み込んでいるように思われます。

 

報告書では、独占禁止法コンプライアンスの実効性を確保するために有効であると考えられる方策や工夫・留意点として次のように記されています。

オ 同業他社との接触ルールの策定
 同業他社との接触や業界団体の会合等への出席は,カルテルや入札談合といった独占禁止法違反行為につながるリスクを伴うものである。特に,営業担当者による同業他社との接触はそのリスクが高いことから,具体的な留意事項等を定め,周知することが必要である。
 アンケート調査によれば,過半の企業が同業他社との接触ルールを設けているところ,同業他社との接触ルールを的確に統一的に運用するためには,所属部署の上司だけでなく,法務・コンプライアンス担当部署も関与することが必要である。

各社あるいは公正取引委員会は、営業担当者のみならず経営幹部の接触のリスクについても言及した方が良いかもしれません。

 

ちなみに、アサヒビールについては、「アサヒグループ企業倫理ガイドライン」で次のとおり定めています。*2

(1)不公平な取引、不正な取引の禁止

私たちは、各国・地域の独占禁止法その他の関連する法令及び規範を遵守し、お得意先、競合他社又は消費者に対する不公正な取引及びカルテル行為は行いません。また、万が一競合他社によるそのような行為があれば、毅然とした対応をとります。

 

キリングループのコンプライアンスガイドラインにも次のとおり定めています*3

独占禁止法の遵守

いかなる状況であっても、不正な手段をもって、カルテルや再販売価格の維持・取り決め等独占禁止法違反となるような行為は行わず、公正で自由な競争を行います。

ちなみに、アサヒビールは2004年のアサヒビールグループ企業倫理規程では次のとおり定めていたようです。*4

第2章 お得意先・業界との関係

私たちは、お得意先・業界、また競合他社に対しても、独占禁止法不正競争防止法・知的財産関連法規等を遵守し、公正な取引・フェアな競争による業界の発展に尽くします。

1)お得意先との関係

独占禁止法国税庁通達、業界自主基準その他関連する法規・規範を 遵守し、不公正な取引は行いません。

2)業界・競合他社との関係 

1.カルテル行為・談合、またその疑いを持たれるような行為は行いません

(太字は引用者)

「疑いをもたれるような行為」が削除されたため、ある程度踏み込んだ行動に出られたのかもしれません。 

 

次回は最後(予定)に独禁法とマスコミの関係についてです。

 (続く)

 

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(3)黙示による意思の連絡

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

 

の続きです。

 

前回は対談をカルテルの合意として構成する方向で考察してみました。

それでは、対談が間接証拠となる余地はあるでしょうか。

 

カルテルの合意は明示のものだけでなく、黙示の合意も存在します。

事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。

(中略)

特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして、同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には、右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り、これらの事業者の間に、協調的行動をとることを期待し合う関係があり、右の「意思の連絡」があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである。

東京高等裁判所平成7年9月25日判決〔東芝ケミカル株式会社による審決取消請求事件〕)。

同判決やその後の判決を踏まえて、学説上は(1)事前の連絡交渉、(2)連絡交渉の内容、(3)行動の外形的一致との間接事実を総合的に検討し、意思の連絡を推認するものとして整理しています*1

(1)事前の連絡交渉

事前の連絡交渉として、十分な内容ではないでしょうか。社長が対談することは社として連絡交渉していることや、意思決定者のレベルで話合いが持たれていることも明らかと考えられます。 

(2)連絡交渉の内容

連絡交渉の内容も、シェア競争や価格競争、販売促進費競争を停止することを話し合っているようです。率直に言って、よくこのような内容の対談を行ったものです。逆に言うと、私はこの業界に明るくありませんが、ビール業界の営業の現場では常にこのような会話がなされているので、社長らも違和感がなかったのかもしれません。

(3)行動の外形的一致

行動の外形的一致については、定かではありません。ただし、東芝ケミカル事件は、価格「引上げ」のカルテルであるため、シェア配分カルテルなどでは同様の基準が用いられない可能性はあります。例えば、シェアが翌年も同様だからといって、即座に行動の外形上の一致とするのはやや乱暴な議論だと思われます。

他方で、従来の商慣行とは大きく異なったり、不自然であったりする販売促進費の削減などが見られた場合には、「行動の外形的一致」を充足するのではないでしょうか。

 

 (続く)

 

*1:金井貴嗣, 川濱昇, 泉水文雄編「独占禁止法」(第2版) 弘文堂 P50

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

前回記事

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(1)記事の概要 - 競争政策研究所

の続きです。

 

対談記事名には「もう無益なシェア争いはしない」とあります。対談の中で「シェア争いはしない」とお互いに明示的に合意したのかまではわかりませんが、

「シェア争いでは飯が食えませんよね

「シェア競争から脱し価値競争に移行することで適正な利益を得る。」

「シェア競争という負の遺産

 といった発言はあったようです。

また、最後に

2人 業界を魅力的な市場にすべく、頑張りましょう。

と締めくくっています。

途中ではビールの社会的な意義の話題もありますが、「魅力的」とは両者にとってシェア争いや価格競争が限定的で、利益率が高い市場とも繋がり得るものです。

 

ところで、この対談はシェア配分カルテルやその一部を構成することはないのでしょうか。

 

そもそもシェア配分カルテルは必ずしも事例が多いものではありません。しかし、近年でも、ダクタイル鋳鉄管シェア配分カルテル事件の判決がありました。*1

同事件では課徴金も賦課されておりますし、一般的にもシェア配分カルテルはハードコアカルテルに該当すると整理されています。

 

ダクタイル事件では、違反行為者3社で商品のほとんどを占めていたようです。

ビール業界では、ビール系飲料(ビールと発泡酒第三のビールの合計)のシェアでアサヒが38.2%、キリンは33.4%で合計70%を超えるシェアとなります。*2

ダクタイル事件には及ばないとしても、合計70%のシェアがあれば、競争を実質的に制限できる可能性は十分あると考えられます。ただし、一般論としてはサントリーやサッポロの行動や姿勢も影響すると考えられます。

また、インタビュー記事では、磯崎功典キリンホールディングス社長が次のような発言をしています。*3 

 各社の経営者が、現状に危機感を抱いています。会合の場で顔をあわせると、「何とかなりませんかね」と話題になることもありますよ。(中略)

 談合するわけではないのですが、「シェア争いで利益は生めないよね」というムードは醸成されています。

 

アサヒ・キリン以外の会社がシェア配分の合意に加わることや、積極的に競争に出ないこともありそうです。

 

また、シェア争いとも関係しそうですが、販売促進費について、同じ記事で磯崎社長から次の発言があります。

-(前略)(前の対談で)「もう無益なシェア争いはしない」と断言されましたが、実際には、販売促進費の抑制は進んでいないのではないですか。
 まだ現場レベルには浸透していません。激しい争いが行われている店頭では、お金を使っています。

インタビュアーがシェア争いをしないことの意味を販売促進費の抑制と示し、それを前提として磯崎社長が販売促進費の抑制の進展がないことを回答しています。

 

対談記事でも下記の発言がありました。

布施 うん。シェア争いではもう飯が食えませんよね。市場が縮小している中で、行き過ぎた水準の販促費を掛けてシェアを取りにいく。こうなると利益が目減りして、縮小均衡パターンになって誰も幸せになりません。

 

対談において、「シェア争い」とは「販売促進費の競争」を意味していた模様です。

 

販売促進費には販売奨励金(いわゆるリベート)も含まれます。リベート・割り戻しに関するカルテルは、価格カルテルの一種として整理されています。*4

対談で販売促進費を抑制するとの意味での価格カルテルが合意され、その実効性はまだ不十分との発言ととらえることができるかもしれません。

 (続く)

*1:

http://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/h24/10_12/kaikenkiroku121114.html

概要が分かりやすい 

*2:

ビール系飲料シェア、キリン6年ぶり上昇 アサヒ首位守る :日本経済新聞 余談ですが、記事の見出しで首位のアサヒよりもキリンの上昇を先にするのは違和感を感じました。ニュース性のためなのかもしれませんが、他の意図、配慮があるのでしょうか。

*3: http://dw.diamond.ne.jp/articles/-/16546

(無料公開はなし)

*4:金井貴嗣, 川濱昇, 泉水文雄編「独占禁止法」(第2版) 弘文堂 P37−38

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(1)記事の概要

少し古い記事ですが、週刊ダイヤモンドで、布施孝之キリンビール社長と小路明善アサヒビール社長の対談が掲載されました。

diamond.jp

 

この記事によると、下のようなやり取りがあったようです。

  • 対談抜粋(1)

 小路 これまでわれわれは4社で激しいシェア争いをしてきました。しかし、ここまで市場が小さくなるとシェア争いという個社の戦略ではなく、どうすれば市場全体が伸びるかを真剣に考えないと共倒れになりかねません。

布施 うん。シェア争いではもう飯が食えませんよね。市場が縮小している中で、行き過ぎた水準の販促費を掛けてシェアを取りにいく。こうなると利益が目減りして、縮小均衡パターンになって誰も幸せになりません。

  •  対談抜粋(2)

小路 でも、価格ではなく、こういった商品の「価値」をめぐって競争するのが業界の本来あるべき姿だと思います。

 決して談合するわけではありませんが、シェア競争から脱し価値競争に移行することで適正な利益を得る。(後略)

布施 じゃあ、どうやって利益を得るのか。そこで重要なのが、これは小路さんがよく言われていることですけど、競争分野と非競争分野を分けることです。

小路 うんうん。いわゆる「競争と協調」ですね。

  •  対談抜粋(3)

布施 (前略)

 シェア競争という負の遺産が業界を短期的な発想中心にし、市場が過当競争に陥りレッドオーシャン化した。もっと中長期的な発想で、ビール業界を魅力的にしていきたいですね。

小路 私もそう思います。だからこそ、トップが声を上げる必要がある。実際に「取った取られた」という競争をしている営業現場にまで「シェアではなく価値なんだ」と浸透させないといけません。

2人 業界を魅力的な市場にすべく、頑張りましょう。ありがとうございました。

 

また、2016.4.2付ダイヤモンドでは

【特別インタビュー】4社体制の維持はできない 残された道は「業界再編」だ

 と題して、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事も掲載されています。*1

 

-(前略)(前の対談で)「もう無益なシェア争いはしない」と断言されましたが、実際には、販売促進費の抑制は進んでいないのではないですか。

 まだ現場レベルには浸透していません。激しい争いが行われている店頭では、お金を使っています。ただし、各社の経営者が、現状に危機感を抱いています。会合の場で顔をあわせると、「何とかなりませんかね」と話題になることもありますよ。(中略)

 談合するわけではないのですが、「シェア争いで利益は生めないよね」というムードは醸成されています。

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において、公取委から認められていたものではありません。*2

今回はこのような対談・インタビュー記事について、独禁法の観点から考察してみたいと思います。

 

(続く)