競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(5)マスコミと独禁法

キリン/アサヒ社長対談と独禁法

(1)記事の概要

(2)シェア配分カルテルや価格カルテル

(3)黙示による意思の連絡

(4)コンプラ体制

の続きです。

 

今回は対談からマスコミと独禁法の関係を考察します。

 

 マスコミと独禁法との関係としては、加藤化学株式会社に対する審決(異性化糖及び水あめ・ぶどう糖の価格カルテル事件)が記憶に新しいところです。*1

この審決によると、各社は日経新聞の記者に対して、「値上げが必要な事情や各社の値上げの方針,値上げの状況を説明し,これを記事にしてもらうよう働きかけるなどの目的」で対応していたようです。審決の認定事実にも日経関連のやり取りが詳細に記載されています。また、記者の個人名も明記されています。この点について、審決で個人名まで言及する必要性があったのかは疑問があります。

本審決とマスコミの関係については、後日改めて考察する予定です。

 

この審決についての記事で、日経新聞は次の談話を掲載しています。

*2

日本経済新聞社広報室の話 正当な取材と認識していますが、結果的に価格カルテルに利用される形になったのは遺憾です。

 審決の記載からすると、記者は取材の過程でカルテルについて、少なくとも暗に認識していたものと推測します。それを「利用される」と称してよいかはともかく、自社にとって必ずしも好意的でない審決を記事にした点と談話を掲載する点は評価してよいのではないでしょうか。

 

前置きが長くなりましたが、今回の対談記事やその後のインタビューは同一の記者が担当しているようです。ダイヤモンド誌のビール関係の記事でも同名の署名記事をいくつか見ました。

同記者は、ダイヤモンド社の採用ページにも記載していますが、この対談記事について次のとおり語っています。*3

昨年の仕事の中で特に印象に残っているのが、年末にキリンビールアサヒビールの社長対談を企画したことです。ビール業界においてライバル企業のトップが日本のビール業界について語り合う機会は業界史上初の試みでした。市場の縮小により厳しい状況に置かれている業界だけあって、「もう無駄なシェア争いはしない」という両トップの発言は、業界関係者から大きな反響を頂きました。

「業界関係者から」の「大きな反響」がどのような内容であるかは分かりません。企業法務からすると、相当驚いた内容であったと想像できます。将来的にビール業界で何らかの独禁法事件があった場合には、この対談が一つの契機となっているのかもしれません。

 

また、企業の側からすると、このような記事が公になった場合、ビール業界は協調的な業界である(そのような側面がある)と認識されてもやむを得ないと考えられます。販売先からもそのように思われるリスクはあり、公正取引委員会も注視するのではないでしょうか。

 

公正取引委員会の「 企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」でも次のとおり述べられています。

*4

 単独行動による競争の実質的制限の観点からは問題とならなくても,協調的行動による競争の実質的制限の観点からは問題となる場合がある。

キリングループとサントリーグループは統合の報道もありましたが、最終的に2010年2月に交渉は終了しました。*5

しかし、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事でも言及されたとおり、国内での再編は今後も可能性が十分あるようです。*6

 

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において公取委から認められたものではありません。*7

 実際に独占禁止法上の企業結合審査となった場合を考えると、協調的な業界慣行を自ら対談やインタビューで示すダメージは大きいのではないでしょうか。キリンビールまたはアサヒビールグループが当事者となる事案においては、二次審査となる可能性が相当高いと考えられます。二次審査においては、業界慣行を踏まえた協調的行動を審査されるでしょう。また、これらの記事を見たとしたら、企業結合の担当者の心証も相当悪化しているのではないでしょうか。

 

 (完)