課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察
前回
の続きです。
今回の運用変更には例えば下記の批判がありました。
実際にどのような影響が起こり得るか検討したいと思います。
リニエンシーは囚人のジレンマゲームなのであって、事後的であれ、透明にしたらだめでしょう。公表されるのならだれも公益通報しないでしょ。
— 有馬猪右衛門 (@ArimaShishiemon) 2016年5月27日
(1)従前の取扱
まず強調したいのは、従前の取扱が「減免適用者のうち希望者のみ明示的に公表する」ものであり希望者以外は完全に秘匿されるものではありませんでした。
具体的には、免除者(事前第1位)の場合、排除措置命令書上は違反行為者であることは明らかであるにも関わらず、課徴金が賦課されていないため、別途減免適用者と公表されるまでもなく、概ね明らかであったと考えられます。例えば、コンデンサカルテルではリンク先のとおりです。*1
http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/mar/160329.files/160329beppyou.pdf
また、事前2位以下や事後の申請者も課徴金納付命令書が審決集(審決等データベース)に代表例として掲載される場合は自身が申請者であることが明らかとなります。そうでない場合も情報公開請求がなされた場合は全ての課徴金納付命令書が公開されると考えられます。
もっとも、情報公開請求によって明らかになる事実を「公開」と同視することはやや無理があります。
しかし、少なくとも免除者については、事実上一律公表と同様であったと考えられます。
(2)運用変更による企業のメリット・デメリットへの影響
今回の運用変更によって、企業にとってのメリット・デメリットにはどのような影響があるでしょうか。
まず、企業にとってメリットは存在しない、または僅少と考えられます。なぜならば、従来であっても希望すれば公表できるとのオプション(企業が選択可能)であったからです。
デメリットとしては、何が存在するでしょうか。
リニエンシーの公表について: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。を引用します。
公表しなくてもだいたい新聞で、「あそこがリニエンシーを申請したとみられる」というように書かれてしまうので、公表してもしなくても変わらないといえば変わらないのですが、
「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」
という心情も、日本人としては非常によく理解できる気がします。
それに、上場会社でなくて代表訴訟のリスクもなく、公共工事もやってなくて指名停止も気にしなくていい、という会社の場合には、公表することに目に見えるメリットはありません。
需要者(被害者)が多数のカルテルなら、「うちはクリーンになりました」とアピールする意味もあるかもしれませんが、特定少数の需要者に対するカルテルなら、公表するよりも、その需要者に直接おわびに行くのが筋なわけで、やはり公表するインセンティブがありません。
国際カルテルならクラスアクションのリスクもありますからなおさらです。
(ちなみに米国は申請の事実は秘密にしています。)
要約すると、
(1)新聞で事実上報道されるので影響はない
(2) 「良いことしました」ことをアピールすることが気恥ずかしい
(3)株主代表訴訟のリスクを重視しない非上場企業、指名停止の軽減措置*2
(4)直接のおわびが重要な企業にはインセンティブがない
(5)国際カルテルの場合、クラスアクションのリスクに悪影響を与える(特に米国を想定していると推測されます。)
といったところでしょうか。
それぞれについて、運用変更による「追加的な」デメリットを検討します。
(1)については、是非はさておき、事実上デメリットは生じない
(2)については、気恥ずかしいことがデメリットになるのかよく分からない、また一律公表されるとむしろ自身の希望によるアピールでないので気恥ずかしさは低減する
(3)については、公表のメリットがないものの「デメリット」が生じるものではない、
(4)についても、インセンティブが生じないのみで「デメリット」ではない
と考えられます。
唯一(5)国際カルテルのクラスアクションへの悪影響
がデメリットとなる可能性はあります。
しかし、違反行為者として公表される以上、減免申請したことが公表されることによってリスクが大幅に上昇するとは考えにくいです。
原文は、減免資料のディスカバリーというリスクを高めるとの意図かもしれませんが、口頭申請で一定の手当がなされることや、減免申請の有無は課徴金納付命令書の情報公開請求ですぐに明らかとなることから、そのリスクが一律公表で大幅に上昇するとも考えにくいです。
ちなみに、米国は免除者(一位)の申請の事実は秘密にしているようですが、二位以下の違反行為者については捜査に協力して司法取引を行ったことが公表されます*3。そして、EUは減免率も含めて一律に公表されています。したがって、欧州と関連する国際カルテルの場合、日本の公表方針に関わらず減免の事実が公表されます。もちろん違反行為者の範囲、申請の有無、減免率は異なる可能性はあります。
このように、 運用変更による「追加的な」デメリットが具体的に指摘されているわけではないと考えられます。
より単純に言うと、場合によっては100億円単位の金銭的利益が得られる際に
「減免申請者であることが公表されるため、減免申請しない」
という判断が経営者に可能であるのか、あるいは
「メリット・デメリットを比較して、減免申請者として公表されることが分水嶺となる状況」
が生じ得るのか、
を考えると、私は現実的ではないと思います。
よって、一律公表は減免申請の決断時に大きな影響を与えないと推測します。
特に、(1)で説明したとおり、事前第1位の申請の場合は、従来と比べてほとんど影響が無いと考えられます。
しかしながら、私の検討外に大きなデメリットが潜んでいる可能性は否定できません。そのようなデメリットが指摘された場合は、本記事を再検討したいと思います。
(続)
*1:「概ね」としたのは、課徴金対象売上が無い場合や裾切り額を下回り課徴金が賦課されない場合は、従前の公表内容からは免除者が明らかでない可能性があるからです。
*2:公正取引委員会が課徴金減免制度の適用対象であると公表した場合、適用者の指名停止期間について通常の1/2に短縮されるといった運用が国や地方公共団体等によってなされます。 例えば、
独占禁止法改正に伴う指名停止運用申合せ改正及び指名停止苦情処理制度創設について
公契約に関係しない企業はこのような運用のメリットがなく、よって公表のインセンティブが生じないことを言いたいのだと考えらえます。
*3:米国の場合のリニエンシーは一位のみの制度ですが、二位以下についても協力として評価され、それを一定程度リニエンシーと類似した取扱となっているようです。
https://www.justice.gov/atr/file/518436/download
http://www.oecd.org/competition/Leniencyforsubsequentapplicants2012.pdf の米国の報告(P151ー)を参照