競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

課徴金減免制度の適用事業者の公表(3)まとめと雑感

徴金減免制度の適用事業者の公表(1)概要

課徴金減免制度の適用事業者の公表(2)影響の考察

の続きです。

 

 実際のゲームへの影響を検討したいと思います。

 

(3)運用変更による「ゲーム」への影響

上記を前提にしつつ、囚人のジレンマ状況にどのような影響があるかを検討します。

 *1

従前の状況を表1のとおりとします。

 表1 従前の状況

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,12
A リニエンシー 12,2 4,4

 この場合、ABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(4、4)が均衡となります。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは12のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは4のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(4、4)が均衡となります。

 

公表のデメリットが大きい場合(表1から−3)、例えば表2のとおりとなります。

表2一律公表によりリニエンシーの利益が3減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2,9
A リニエンシー 9,2 1,1

 

この場合、ABともに黙秘が最適な戦略となり、左上の(10,10)が均衡となります。結果リニエンシーはなされません。

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは9のため黙秘を選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは1のため黙秘を選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によって黙秘を選ぶことになり、結果左上の(1、1)が均衡となります。

 

公表のデメリットが小さい場合(表1から−0.5)、例えば表3のとおりとなります。

表3一律公表によりリニエンシーの利益が0.5減少

(A,B) B 黙秘 B リニエンシー
A 黙秘 10,10 2 , 11.5
A リニエンシー 11.5 , 2 3.5 , 3.5

 

この場合、表1と同様にABともにリニエンシーをすることが最適な戦略となり、右下の(3.5、3.5)が均衡となります。

 

つまり、Aの立場からすれば、Bが黙秘している状況(左側の列)では、Aの黙秘は10、Aのリニエンシーは11.5のためリニエンシーを選び、Bがリニエンシーしている状況(右側の列)では、Aの黙秘は2、Aのリニエンシーは3.5のためリニエンシーを選ぶことになります。また、Bも同様の考え方によってリニエンシーを選ぶことになり、結果右下の(3.53.5)が均衡となります。

 

このように囚人のジレンマゲームにおける影響は、ひとえに一律公表のデメリット(追加的なデメリット)次第といえます。  そして、前回の(2)のとおり、今回の運用変更のデメリットは大きく無いものと考えています。

(4)事件審査への影響

これまでは、減免申請(検討)者を一般的に分析しましたが、より具体的に分析することによって、減免申請のみならず公取委の事件審査への影響を考察したいと思います。結論から述べると、仮に一律公表により減免申請件数に影響があったとしても、公取委の事件審査に大きく悪影響を及ぼすおそれは少ないと考えられます。理由は以下のとおりです。

①事前1位申請による端緒機能の確保

前回記事の(1)で述べたとおり、事前第1位申請者(免除者)は従来から事実上明らかであったため、運用変更により一律公表されたとしても、影響は少ないと考えられます。言うまでもなく、事前第1位申請者の情報は最も重要な端緒であり、事件調査の契機となります。他方、事前第2位以下や事後の申請者は、端緒ではなく実態解明のための追加的な情報・証拠となります。

しかしながら、公取委は下記のとおり、課徴金減免制度の機能として端緒面を強調しています。したがって、仮に、事後申請者らが一律公表により申請を躊躇したとしても、事前第1位申請者からの端緒があれば、課徴金減免制度や事件審査は一定程度機能するものと考えられます。

違反事件の端緒を得るためのツールとしては機能しているが,それ以上の協力を促す効果,非協力を抑止する効果はない。

 

出典:独占禁止法審査手続についての懇談会(第5回)公取委提出資料4 P5

http://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/kaisaijokyo/mtng_5th/mtng_5-2-1.pdf

②上場企業による申請の確保

カルテルに関しては、役員に対して株主代表訴訟のリスクも生じます。例えば、過去の事例では、「原告側は住友電工公取委の課徴金減免制度を利用しなかった責任も追及」したとの例があります。*2

このような現状からすれば、少なくとも上場企業においては、株主代表訴訟の場はもとより申請の是非を意思決定する状況において、「各方面に迷惑をかけているのに、いまさら『良いことしました』とアピールするようで気恥ずかしい」といった理由で「一律に申請の事実が公表されるため申請をしない」との説明することは困難と考えられます。

すると、上場企業が関与するような大型事件については、依然として減免申請される可能性が高いと推測します。公取委はこれまでも基本的に大型事件を優先的に着手するため、上場企業からの申請があれば減免制度はそれなりに機能すると考えらえます。

 

(5)まとめと雑感

このように私としては、今回の運用変更で、少なくとも大きな悪影響が生じるとは考えていません。

しかし、実際に悪影響があり、減免申請の件数や事件件数が減少した場合、運用を再度見直すべきと考えています。ただ、申請の実績やそれによる公取委の措置について透明性が確保されていないと、この運用変更によって事件件数が減少したとしても公取委は認めずに、他の状況の変化による減少と強弁することが可能となります。このような観点から、一律公表以外の「透明性の確保」も重要ではないでしょうか。

リニエンシー制度は、競争当局に裁量的な制裁金や罰金の算定制度を前提として、制裁金等を免除したり、減額する要件を競争当局が事前に明らかにする制度でした。 欧米のリニエンシー制度も幾度かの制度変更を経てきました。その意味で、日本が運用変更を行うこと自体は特異的なものではありません。しかし、欧米の場合は十分に利用されてこなかったリニエンシー制度の減免の要件を明確化する方向、つまり制度のインセンティブを高める方向の制度変更だったようです*3。対して、日本の場合は、当初からリニエンシー制度の活用を促すため相当に要件を明確化し、企業に大きなインセンティブを与える制度・運用であったといえます。すると、欧米の制度変更に比べて、今回の運用変更を含めて日本運用変更は、過去に比べて使い勝手が悪くなる(インセンティブを低下させる)ため企業や弁護士からの批判を必然的に招くものとなります。

仮に、最適なリニエンシーの制度や運用が存在するとして、欧米のように従来に比して緩和して最適点を模索する戦略と、日本のように従来に比していわば規制強化して最適点を模索する戦略があります。前者は企業や弁護士の反発を招きにくい一方、後者は当社からリニエンシーのメリットを享受することができます。

欧米のみならず世界中でリニエンシー制度が導入される中、各国の実態を踏まえて、今後も公取委には最適な制度・運用を目指して、必要に応じて不断の見直しを実施してほしいものです。もちろん、「最適」とは公取委にとって都合がよいだけではなく、社会的に最適との意味です。それを検証するためにも次は一層踏み込んだ公取委リニエンシー制度の活用状況の情報公開が重要ではないでしょうか。

ところで、一律公表との運用変更以外にも例えば課徴金納付命令書を全て公表し、事実上の減免申請者の公表を図るといった方策もあったかもしれません。

(了)

*1:マトリックスは下記を参考にしている。

http://www.jftc.go.jp/cprc/koukai/sympo/2005report.files/060127sympo1j.pdf

*2:

www.nikkei.com

*3:EUについては、例えば

http://www.gibsondunn.com/fstore/pubs/Sandhu_Offprint2.pdf

米国については、例えばDOJも「In August 1993, the Antitrust Division expanded its Corporate Leniency Policy (Amnesty Program) to increase the opportunities and raise the incentives for companies to report criminal activity and cooperate with the Division. 」としている。

https://www.justice.gov/atr/speech/corporate-leniency-policy-answers-recurring-questions