競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

押し紙の報道(1)講演での発言概要

2016年2月15日の杉本公正取引委員会委員長の日本記者クラブでの講演が一部で話題になっています。次のサイトにはyoutubeの講演動画へのリンクもあります。

www.jnpc.or.jp

 

話題になっているのは「押し紙」についてのみです。それも講演本体でなく質疑応答でのやり取りです。

例えば次の記事です。ちなみに、記事の作者は講演の質疑応答で言及されています。

発行部数を「水増し」してきた朝日新聞、激震! 業界「最大のタブー」についに公取のメスが入った | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

 

また、前の記事によると、2016年3月末に朝日新聞社は、押し紙について公正取引委員会から注意を受けたとのことです。ただし、「販売担当の営業社員と販売店との数年前のやりとり」に関しての注意のようです。

 

話題になっている押し紙関係の質疑応答を文字起こしいたしました。 該当の質疑応答は1:23:30(youtube)くらいです。

長いですが引用します。

 

(質問者)

 朝日新聞の(記者名)といいます。せっかくマスコミの日本記者クラブの講演だということなのでマスコミ業界のことをお尋ねしたい。再販価格の話も先ほど少し杉本委員長からも話題が出ました。消費税の軽減税率の適用や昨年は特商法の問題もありまして、消費者庁、消費者委員会を舞台に結構激しいやりとりがあったと思うんですが、再販価格についてどのようにお考えかというのが1点。
 2年前、朝日新聞は大変な大騒動が起きまして、従軍慰安婦の問題、吉田調書の問題で大きく部数が落ちたんですね。私も、いったい販売現場でどんなことが起きているのだろうと販売店を調べに行った次第。そこでお話をうかがうと相当押し紙というものが横行しているとのこと。みんな新聞社から配達されてビニールでくるまったまま、そのまま古紙回収業社が回収してくと。かなりの割合で、私が見聞きした限りだと25%から30%くらいが押し紙になってる。どこの販売店主もなんとかしてほしいんだけど、新聞社がやってくれないと。おそらくこれは朝日に限らず毎日も読売も日経もみんな同じような問題を抱えていると思います。昨年暮れには新聞社販売局という小説が、幸田泉さんというおそらく毎日新聞のOBじゃないかと思うんですが、お書きになった小説があって非常に赤裸々に新聞の販売現場について書かれています。かなり販売店主の中には公取委に相談にいってるという話をちらほら耳にしたんですが、押し紙の問題について委員長はどのようにお考えになっているでしょうか。二つお願いします。

(杉本委員長)
 新聞の話につきましては、再販の問題と先ほど申しあげた不公正取引の中の特殊指定の問題があります。再販は新聞だけでなく雑誌だとか幾つかのものに例外として認めているわけでございます。再販の場合は、再販をしてもいいよという話でありまして別に再販しなくてもいいわけで新聞社が自主的に判断されて、私ども(引用注:新聞社)は再販しないよということを判断されれば別に問題ないわけでございます。再販という行為が独禁法禁止行為ですので、もしそれ(引用注:再販適用除外)がある場合は、私ども(引用注:公取委は問題にしましょうというところが再販行為をされても問題にしませんよという取り扱いであるわけでございます。それがもう一つ不公正取引の特殊指定がありまして、これがおっしゃるとおり販売店がその地域とかその相手方によって値引きしてはいけませんよという話と、それから押し紙はだめですよということを決めている。これはむしろ義務的というか強制的な、再販は任意的であるが特殊指定という領域は義務的な話であります。
 私の前任者のときに特に問題にしましたのが特殊指定というものまでまだ維持していく必要があるのかというところであったわけでございますが、いろいろ議論をして、公正取引委員会としてはこの際特殊指定を外すべきではないかという議論をしたが、なかなか新聞業界との議論が噛み合いませんでして、結局結論を得ずにこれ以上特殊指定からの排除は当面は維持しません(引用注:「特殊指定は排除しません」か「特殊指定は当面は維持する」の趣旨と考えられます。)よというところで決着をしているわけです。そこは私が蒸し返すかどうかという話は特に私としてそこをあらためてこの時点において積極的に問題にするかどうかというと、今のところは考えていないというのが実態であります。
 それから今の制度におきましても押し紙というのは私どもとしてはこれはだめだと禁止しているわけでございますから、おっしゃるように押し紙の実態が相当あるのかどうかということを私どもとしてはきちんと絶えず、モニターしているところでございまして、そういう実態が発見できれば必要な措置を当然とることはやっていかないといけないと思っているところであります。

 

質疑の記録を見ると、全体の構造が分かります。

記者は(1)再販について、(2)押し紙について、の2点を質問しています。

杉本委員長は、(1)再販について は

・再販売価格維持行為の適用除外の制度の説明を行い、再販売価格維持行為は本来独禁法上違法であるが新聞等は適用除外があるため、新聞社は再販売価格維持行為を任意で行うことも可能(違法にはならない)

と述べています。

杉本委員長の考えについては明確に述べていないように思われます。

また、(2)押し紙についての前段階として、

押し紙の禁止を定めている新聞特殊指定の説明として、再販売価格維持行為(の適用除外)とは違い、押し紙は任意で実施できるものではなく、義務的に禁止されていること

を述べています。

また、

竹島前委員長時代に、新聞特殊指定の見直しを検討したが、最終的に「結論を出すことを見合わせることとした」こと

を述べています。

そして、

・自分は、現在のところ、新聞特殊指定を見直す予定はないこと

を表明しました。

その上で

押し紙の実態の有無について、「モニター」するとともに、そのような実態を把握した場合は必要な措置をとる

と締めくくりました。

 

これらの全てのやり取りを眺めると、次のことに気付きます。

  1. 質問者の記者は押し紙のみならず、再販適用除外等を含めた新聞社やマスコミ関係の行為や規制に問題意識を持っていること。
  2. 杉本委員長は非常に慎重な言い回しをしていること。特に再販適用除外に対する考え方は述べず、また、新聞特殊指定の見直しを考えていない旨を明言していること。
  3. 押し紙の取締りについては、「モニター」との用語を用いており、一般的な監視を念頭に置いていること。逆にいえば、インヴェスティゲーションといった、現在特定の事件を調査していることは述べていないこと。

詳細は次回に続きます。

 

参考 続報

(1)国会での質疑

その後、2016年5月10日の参議院経済産業委員会でも質疑がなされました。内容は同様のようです。

経済産業委員会 第9号 平成二十八年五月十日(火曜日)

和田政宗君 日本の和田政宗です。  法案の質問に入る前に、最近報道されております新聞の押し紙問題について、公正取引委員会に短く聞いていきます。  押し紙は、新聞発行者が販売店に余分な新聞を買わせるものですが、この押し紙をめぐり、三月末に朝日新聞社公正取引委員会から注意を受けたとの報道がありますが、これは事実でしょうか。また、注意の内容はどのようなものでしょうか。

○政府参考人(山田昭典君) お答え申し上げます。  公正取引委員会は、調査を行いました結果、独占禁止法に違反すると認定した場合には排除措置命令等を行っておりますけれども、独占禁止法違反の疑いのある行為が認められなかった場合におきましても、違反につながるおそれが見られる場合には、違反行為の未然防止を図るという観点から当事者に注意を行っております。今お尋ねの朝日新聞社に対する件でございますけれども、個別の事案の中身でございますので詳細は控えさせていただきますが、当委員会が朝日新聞社に対しまして、三月に販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったということは事実でございます。

和田政宗君 個別の案件はということでありますので、それではお聞きをいたしますけれども、押し紙行為が行われていることが判明した場合には、公正取引委員会はどのように対処するんでしょうか。

○政府特別補佐人(杉本和行君) お答えさせていただきます。  独占禁止法は、不公正な取引方法を禁止しております。新聞紙につきましては、新聞業における特定の不公正な取引方法というものにおきまして、発行業者が販売業者に対して、正当かつ合理的な理由がないのに、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること、又は、販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給することにより販売業者に不利益を与えることを不公正な取引方法として禁止しているところでございます。  公正取引委員会といたしましては、このような行為が行われている場合には厳正に対処してまいりたいと考えておるところでございます。

 

(2)総長定例会見

上記の国会答弁を踏まえて、 2016年5月11日の総長定例会見でも質疑応答がありました*1。類似事例については回答しておらず、目新しい情報はないようです。

 (問) 昨日の参議院経済産業委員会で,押し紙のことについて質疑があって,朝日新聞に対して注意を行ったというコメントがあったようですが,改めてその事実確認と,今後の対応,朝日新聞だけでなくて,一般的に行われているといわれていますが,朝日新聞と似たような事例があれば教えてください。
(事務総長) 国会で答弁いたしましたように,公正取引委員会朝日新聞社に対しまして,販売店に対する新聞の販売方法について注意を行ったことは事実でありますが,個別事案の注意に関することでありまして,詳細については,これ以上のお答えは差し控えさせていただきます。
 いずれにしましても,公正取引委員会は新聞の特殊指定も含め,独占禁止法の違反行為に当たる行為があるという情報に接した場合には,今後とも厳正に対処していくつもりであります。