競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

教科書事件と警告・確約制度

「義務教育諸学校で使用する教科書の発行者に対する警告等について」の公表に際して、平成28年7月6日に事務総長定例会見が行われました。

 

平成28年7月6日付 事務総長定例会見記録 :公正取引委員会

 

総長定例会見の中で興味深い発言があったので紹介したいと思います。

なお、事件については下記を参照してください。

(平成28年7月6日)義務教育諸学校で使用する教科書の発行者に対する警告等について:公正取引委員会

 

(1)排除措置命令と警告

本件については、明確な発言はありませんが、排除措置命令を行うことも可能であったが、迅速な措置の観点から警告を行ったように感じられます。

例えば、下記の発言です(太字は引用者による。)。

この件につきましては,先ほど申し上げましたように,認め得る行為があったというふうには我々としては考えておりますが,他方で,先ほど申し上げましたように,まず第1に9社という,教科書発行者は22社というふうに理解しておりますが,そのうち9社という多くの教科書発行者が本件問題行為をしていたということでございますので,できるだけ早く本件の問題の処理を通じて公正取引委員会としての考え方を示して,この分野における公正で自由な競争を確保するということが何よりも私ども大事だと考えたところであります。

「先ほど申し上げました」がどの部分であるか判然としませんが、本件においては公取委として独禁法違反を認定し得る行為が存在したたようです。

繰り返しになりますけれども,公正で自由な競争を確保するという独占禁止法の目的,私ども公正取引委員会に与えられた使命を果たすために,どのような対応が個別の問題,本件問題について一番効果的で厳正な措置となるかということから,私どもとしてこの措置,警告の措置を採ったところであります。

独禁法違反を認定することも可能であったにもかかわらず、迅速的・効果的かつ厳正な措置の観点から、公取委が警告を選択した模様です。

 

会見の参加者もそのように受け止めていることが見受けられます。

(問) 冒頭に御説明いただいた,警告を打ったのは,できるだけ早く現状を是正させることが大事だからという判断だとおっしゃいました。

 

また、措置に関して、排除措置命令は命ずることが「できる」規定であり、特に既往の行為については、「特に必要があると認めるときは」命ずることができるものであるという制度であることを踏まえて、行政指導である警告にしたことが示唆されております。

これは例えば独禁法そのものにも,もうやめている行為,いわゆる既往の行為については,私どもの排除措置命令については,特に必要があるときに,排除の確保をするために,あるいは再発防止のために特に必要があるときにできると,こういう独禁法の建てつけからいっても,何が何でも白黒つけて調査をして詰めて,白黒して法的措置を採るのは,多くの場合,それが一番相手方にとって改善を促すという意味にとって効果があるというのはおっしゃるとおりですが,本件のように,もう文部科学省の指導があり,あるいは業界団体の自主的な努力もあって,問題の改善の方向に動きつつあるときに,公正取引委員会,しかもルール基準について案が示され,私どもとしてもその案について実効あらしめる観点から,意見を求められたときに,今おっしゃったような法的措置が一番厳正な措置であるという判断は私どもはしておりません

 

しかし、排除措置命令(行政処分)が「特に必要である」と認められないにもかかわらず、警告(行政指導)が必要である状況がどのようなものであるのかは判然としません。
また、日本の法令上、警告とは、「法第三条、第六条、第八条又は第十九条の規定に違反するおそれがある行為がある又はあったと認める場合」(公正取引委員会の審査に関する規則(平成十七年十月十九日公正取引委員会規則第五号)26条)の措置です。すると、法令上、警告の対象は違反する「おそれ」のある行為に限定されており、違反行為を認定し得る(できる)行為を対象にできるとは直接的には規定されていないと考えられます。

 

(2)警告と確約制度

本件の警告は、EU等で導入されている確約制度に類似した措置であることが示唆されています。

確約制度はTPPにおいて導入が必要とされており、日本としても制度改正が必要なようです。*1

その確約制度と共通する考え方を持って、本件の処理になった模様です。もちろん、事務総長としても、確約制度と警告が異なるものであることは認識しているようです。

警告では法律的な担保がないこと、公取委からの一方的な行為であることなどを踏まえると、確約制度と通底する考え方があると直ちに考えることはできないとは思います。しかし、本件の処理は確約制度の事実上のモデルケースとなり得るかもしれません。

それから,これもあまりこういう比較もどうかと思いますけども,諸外国で取り入れられてる自主的な解決の制度,EUの確約等も,やはり相手が改善措置を採るのであれば,速やかな確約という措置を採ろうということで,今回の,今私が申し上げた考え方と背景的には一致するところがあると。制度として全く違いますけれども,考え方としては共通するところがあるというふうに私個人は考えております。

本件の処理からの示唆としては、第一に、カルテル、談合は確約の対象外ということが改めて示されたようです。

 繰り返しになりますけれども,課徴金,この場合の27年度の執行状況のときも少し申し上げたかもしれませんが,法的措置というのは非常に厳正で,カルテル,談合を抑止するために最も効果があるというのは私ども信じておるところでございますが,他方で,常にそうかというのは,必ずしもそうではないというのが私どもの考え方でありまして,この問題もその一つの例であると思います。

もともと、価格カルテル、入札談合等は確約制度の対象外と説明されてきました。*2

 

第二に、全体としての、競争回復の状況を踏まえて判断されることが示唆されています。本件では、文部科学省の指導や業界団体の自主的な努力による状況の改善傾向を考慮した模様です。また、既に取り止められた行為(既往の行為)であることも考慮された可能性があります。

これは例えば独禁法そのものにも,もうやめている行為,いわゆる既往の行為については,私どもの排除措置命令については,特に必要があるときに,排除の確保をするために,あるいは再発防止のために特に必要があるときにできると,こういう独禁法の建てつけからいっても,何が何でも白黒つけて調査をして詰めて,白黒して法的措置を採るのは,多くの場合,それが一番相手方にとって改善を促すという意味にとって効果があるというのはおっしゃるとおりですが,本件のように,もう文部科学省の指導があり,あるいは業界団体の自主的な努力もあって,問題の改善の方向に動きつつあるときに,公正取引委員会,しかもルール基準について案が示され,私どもとしてもその案について実効あらしめる観点から,意見を求められたときに,今おっしゃったような法的措置が一番厳正な措置であるという判断は私どもはしておりません 

 

第三に、排除措置命令のみならず、課徴金納付命令の対象にもなっていることが、確約制度の利用の如何に関連する可能性があります。

前記の発言で、既往の違反行為に対する排除措置命令の条文に言及されていることも興味深いです。

独占禁止法

(排除措置)
第七条
 第三条又は前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。
(2)公正取引委員会は、第三条又は前条の規定に違反する行為が既になくなつている場合においても、特に必要があると認めるときは、第八章第二節に規定する手続に従い、次に掲げる者に対し、当該行為が既になくなつている旨の周知措置その他当該行為が排除されたことを確保するために必要な措置を命ずることができる。ただし、当該行為がなくなつた日から五年を経過したときは、この限りでない。

 

課徴金納付命令は、排除措置命令とは違い公取委に裁量はありません。

(課徴金、課徴金の減免)

第七条の二

 事業者が、不当な取引制限又は不当な取引制限に該当する事項を内容とする国際的協定若しくは国際的契約で次の各号のいずれかに該当するものをしたときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、当該事業者に対し、当該行為の実行としての事業活動を行つた日から当該行為の実行としての事業活動がなくなる日までの期間(当該期間が三年を超えるときは、当該行為の実行としての事業活動がなくなる日からさかのぼつて三年間とする。以下「実行期間」という。)における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額(当該行為が商品又は役務の供給を受けることに係るものである場合は、当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した購入額)に百分の十(小売業については百分の三、卸売業については百分の二とする。)を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない

 

このような条文の相違を踏まえると、課徴金納付命令の対象とならない行為については、確約制度の対象になりやすい、つまり公取委が確約制度による措置を提案する可能性が高いかもしれません。この、第三の点はやや根拠が薄く、推測による部分が大きいです。