競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(3)内容

 前回、前々回の記事の続きです。

第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(1)報道 - 競争政策研究所

第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(2)形式など - 競争政策研究所

 

今回は第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書 」*1(以下、「報告書」と言います。)の内容について、ついに考察したいと思います。

 

 

(1)囲い込み

 報告書P9に「実態」として下記の記載があります。

ウ) アプリ間で共通の仮想通貨の禁止
 スマートフォン上でアプリストアを運営する事業者は、自らのアプリストア上であるアプリ提供事業者が複数のアプリを提供している場合に、当該アプリ間で共通して使える仮想通貨(共通通貨)を設けることを認めていない場合がある。
 このため、ユーザーはアプリ間で互換性のない専用通貨(あるアプリでのみ使用できる仮想通貨)を用いざるを得ず、利便性を害されている可能性がある。一方で、アプリ提供事業者からすれば、共通通貨を用いて自社の提供するアプリ群にユーザーを囲い込むことができなくなっている。 (報告書P9から10)

また、「評価」の項目にも下記の記載があります。

ユーザーをあるアプリ群に囲い込むことができれば、そのアプリ群が既存プラットフォームの上に存在する新たなプラットフォームとして機能することがあり得る。(中略)アプリストア事業者は、特別な地位に基づき、アプリ提供事業者によるユーザーの囲い込みを妨げているとすれば、自らのアプリストアと競合するような新たなアプリ提供プラットフォームの誕生を阻害することで、競争相手を排除する市場支配力を持ち得ると考えられる。(報告書P12から13)

このように、なぜかアプリストア事業者(アップル、グーグル)は、アプリ提供事業者に対して、囲い込みを許さなければならない前提となっています。他方、アプリストア事業者にって、決済手段の拘束(報告書P9のア)や競合するアプリの排除(報告書P10のエ)を用いて「囲い込み」をすることは、問題視しているようです。

やや誇張して表現しましたが、アプリストア事業者が取引先(アプリ提供事業者)に顧客(エンドユーザー)の囲い込みを認めることは、当然の前提では無いように思えます。「競争法」の観点からすれば、「囲い込み」といった行為は競争促進的な効果もあり、個々に競争上の評価がなされる類型です。

 アプリストアに関する報告書の評価は、電力市場における送配電事業と電力小売事業のように、一方がいわゆる不可欠施設を保有している関係に類似していると感じられます。このような、私企業が自ら投資を行った結果として獲得した競争上の優位性(アプリストアのシェア、利便性、不可欠性)を放棄させることが、長期的に見て社会厚生上の効果があるのかは疑問です。

競争法の観点で言葉を修正すれば、以下となると考えられます。

アプリストア事業者は、特別な地位に基づき、アプリ提供事業者によるユーザーの囲い込みを妨げることによって、自らのアプリストアと競合するような新たなアプリ提供プラットフォームの誕生を阻害することで、競争相手を排除し、結果、市場支配力を形成、維持、強化する場合は、競争法上の問題となると考えられる。

つまり、囲い込みを妨げること自体が問題ではなく、囲い込みを妨げることによって競争相手(潜在的競争相手を含む)を排除することが問題となり得ること(行為要件)、そして、市場支配力の形成、維持、強化という意味で市場への影響が生じること(効果要件)が判断要素となるはずです。

なお、このような記載は、仮に、今後、日本初のプラットフォームが高いシェアを有した場合でも、「取引先に囲い込みを許すべきである」という理屈になり、日本の産業政策の観点からは、ブーメランのように負の影響をもたらすかもしれません。

(注)囲い込みの点は報告書を一読して相当な違和感を感じましたが、考察の結果が中途半端となっているので、加筆、修正する可能性があります。

 

(2)「自らの提供するアプリと競合するアプリの排除」

報告書10頁に、「調査等で確認された具体的な取引の実態」として、下記の記載がありました。

エ)自らの提供するアプリと競合するアプリの排除

アプリストア事業者が、自らアプリの提供も行っている場合において、当該アプリ ストアを利用する他のアプリ提供事業者に対し、アプリの審査基準において、当該 アプリの機能を制限することにより、自らが提供しているアプリと競合するアプリの提供者が競争上不利になる場合があり得る。 (報告書P10。下線は引用者による。)


このような行為は、競争法上問題となるおそれが高いと考えられます。
しかし、他の項目の語尾をみると、「収入の30%程度の手数料を徴収している場合がある」(報告書P9)、「価格表を変更された事例も存在する」(同P9)などとあり、「場合がある」などとする記載が多い一方、「自らの提供するアプリと競合するアプリの排除」は場合が「あり得る」として明確な差を設けています。「場合があり得る」との記載は、「実態」としては不明確であるばかりか、単なる推測なのか、一定の事実が確認された上での可能性の指摘なのかさえも判然としません。

 

(3)今後の取組

報告書上、競争政策の課題は、(1)プラットフォーマーによる取引の実態と課題(報告書P7以降)と(2)第四次産業革命に対応した運用・制度の検討、の2点となっています。

課題(1)については、「取引状況の注視と適切な法執行」が「当面の取組」となっています(報告書P14)。課題(2)についての今後の取組等は下記のとおりです。

【基本的方向性:中長期的な取組】

– デジタル市場における理論的検討

公正取引委員会において行われるデジタル市場における経済環境や市場の変化を踏まえた検証をみつつ、経済産業政策を所管する立場から必要に応じた協力・検討を行う。

– 公正な競争環境を確保しイノベーションを促進するための新たな政策の検討

デジタル経済の特性を踏まえ、公正な競争環境を整備し、更なるイノベーショ ンを促進していくためにはどのような政策が必要か、産業の振興の観点から、独占禁止法にとらわれない新たな制度の導入等について広く検討する。

(下線は引用者による。)

 このように興味深い表現が存在します。ただし、課題(1)の実態調査が報告書の8ページを占めているのに対して、課題(2)は2ページに過ぎず、力の入れ具合は不透明です。

 

(3)−1 公取委における検証

何の説明や前振りもなく、公正取引委員会においてデジタル市場における検証を行われることが記載されています。「検証」とあるので、事件審査ではないと考えられますが、何が実施されるのか興味深いところです。

(3)−2 新たな制度の検討

報告書では、欧州委員会のデジタル単一市場戦略について触れられているものの、「新たな制度」については、詳細には述べられていません。公表されている研究会の議事概要によると、下記の記載がありました。

具体的な内容は不明ながら、プラットフォーマー関係の特別法の可能性もあるようです。また、特別法の立法による圧力を通じて、公取委の執行を促す意図の可能性もあります。

 

* 公正取引委員会が10年ほど前に主催したマイクロソフトの独占問題に関する議論では、一般法である独禁法として取り組むには限界があり、特別法をつくることではどうかという議論があった。かつての電気通信事業法のように、ネットワーク効果を持つものについて特別法を作ることも一案か。

* 特別法は、方法論としてどうかという観点はあるも、迅速さ・スピードの点では有意だと感じる。

(出典)第四次産業革命に向けた横断的制度研究会(第2回)‐議事要旨(METI/経済産業省)

 

なお、個人的には、ガイドラインの変更や現行法に基づく法執行が迅速性の点では優れていると感じます。国会にて可決が必要な「特別法の制定」が、「迅速さ・スピードの点では有意」との詳細は分かりません。

 (了)