データと競争政策:経産省研究会(1)趣旨と経緯
前回の記事
データと競争政策:経産省と公取の検討会(1)比較 - 競争政策研究所
に引き続き、
「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会」(以下「経産データ研究会」)について、考察したいと思います。
現時点において、経産データ研究会の第一回議事録は公表されていませんが、第一回資料、2016年9月に公表された「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会報告書」を確認しつつ、経産データ研究会の趣旨や位置付けについて考えてみます。
同報告書については、過去の記事も参照ください。
第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(1)報道 - 競争政策研究所
第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(2)形式など - 競争政策研究所
第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書:(3)内容 - 競争政策研究所
(1)経産データ研究会の趣旨
経産データ研究会の趣旨は次のとおりと説明されています。
2.本研究会の取り組み
上記の動きを踏まえて、本研究会では、
(1)データの集積・利活用の実態について、幅広く事例を集めて類型化
(2)データの集積・利活用に関する競争政策上の論点を整理
(3)欧米の議論も踏まえつつ公正・自由な競争による絶え間ないイノベーションを実現するための考え方の提示
を行うべく、必要な検討を行います。上記に加えて、昨年9月に公表した報告書で指摘したアプリ市場の取引実態に関するフォローアップも行います。
(3)は具体的な対象を明示していませんが、全体としては「データ」の取扱いと競争政策との関係をテーマとしていると考えられます。
しかし、「昨年9月に公表した報告書で指摘したアプリ市場の取引実態に関するフォローアップ」も実施することが記載されています。このフォローアップは、「上記に加えて」と接続されているとおり、データの論点とは別の事項であることが示されています。
フォローアップの対象と考えられる取引実態は下記と考えられます。
【確認できた事例】
■ストア事業者は、自らを経由しない決済手段を原則禁止するとともに、経由するたびに売上の30%程度の手数料を徴収。
■一部のストアでは、提供者は、ストア事業者が示す表の中から価格を選ばざるを得ず、自由な価格設定ができない。
(例)120円、240円、360円・・・という単位でしか設定できない。
■ストア事業者が共通通貨を禁止しているため、ユーザーは余った分を他のアプリで使用できない。
(例)A社のアプリaの利用を止めても、余ったコインは同社のアプリbでは使えない。
■一部のストア事業者が競合アプリを制限し、競争を排除(ユーザーも不便に)。
(例)ストア事業者B社の音楽アプリではアプリ内で楽曲購入できるが、(B社による制限のため)C社・D社の音楽アプリではできない。
■ストア事業者は提供者に代わって返金可能な契約になっているが、返金の際に理由・相手・金額等の情報が提供者に伝えられないため、適切な対応ができない。
(例)提供者にクレーム内容が伝わらないため、アプリの品質改善につながらない。
相手が不明なため、別途要求があれば提供者からも二重に返金せざるを得ない。
■ストア事業者のアプリ審査基準が不透明で、予測や修正対応が困難。
■ストアを用いずwebで検索しても、ストアのアプリが上位に表示される。出典:「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会 報告書概要」
http://www.meti.go.jp/press/2016/09/20160915001/20160915001-2.pdf
やはり、一見したところ、データと密接に関連する事例はないように感じます。
経産データ研究会で、主題(データ)と関連性の薄い(と思料される)事例のフォローアップを行う理由は今後の資料等での説明を注視したいと思います。
(2)横断的制度報告書との関係
「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会」という名称や事務局説明資料*1から示唆されているとおり、本研究会は「第四次産業革命に向けた横断的制度研究会」の報告書(以下「横断的制度報告書」)との連続性を有している模様です。
しかし、横断的制度報告書では、「競争政策」の項目は主に前述のアプリ市場の行為の検討に8頁(P7−14の課題①)を割き、競争政策とデータの関連の記載は1頁にも満たない量です。具体的には下記となります。
課題②:第四次産業革命に対応した運用・制度の検討
(ⅰ)新たな論点に対する独占禁止法の運用に関する理論的検討
第四次産業革命の下では、検索サイト等の無料で提供されるサービスが登場したり、それによって集められたデータの集積が競争力の源泉となるなど、今までの単なるモノやサービスの競争とは異なる領域での競争が行われている。そのため、こうした無料のサービスをどう捉えるか、データの集積を競争法上どのように評価するなど、新たに検討を要する課題が生じている。こうした課題は欧米でも認識されており、例えば、企業結合審査のなかで、合併により大量のデータを取り扱うようになることをどのように評価するかといった検討がされている。(中略)
【基本的方向性:中長期的な取組】
– デジタル市場における理論的検討
公正取引委員会において行われるデジタル市場における経済環境や市場の
変化を踏まえた検証をみつつ、経済産業政策を所管する立場から必要に応じた協力・検討を行う。(後略)
出典:第四次産業革命に向けた横断的制度研究会報告書 15−16頁
http://www.meti.go.jp/press/2016/09/20160915001/20160915001-3.pdf
このほかにも、横断的制度報告書では、データとビジネスについての一般論の記載や競争政策とは別の項目で「データ利活用・保護」の記載もあります。しかし、横断的制度報告書の公表時の印象では、「データと競争政策」について、引き続き踏み込んで検討するとの印象は受けませんでした。
もしも、横断的制度報告書の検討時から、データと競争政策について将来的に検討する見込みがあれば、「【基本的方向性:中長期的な取組】」に具体的な記載があってもよかったように思えます。
(3)公取委との関係
横断的制度報告書16頁では、「公正取引委員会において行われるデジタル市場における経済環境や市場の変化を踏まえた検証をみつつ、経済産業政策を所管する立場から必要に応じた協力・検討を行う。」(強調は引用者によるもの)とあり、公取委の状況を勘案することが明示されていました。*2
しかし、先日の記事*3のとおり、公取委と経産省のデータに関する検討は並列している模様です。公取委が検討を開始しないのであればともかく、既に検討に着手しているのであれば*4
、経産省のリソースは他のテーマに活用したり、あるいは、公取委の検討結果を踏まえた上で再検討したりする方が、行政全体の効率性は高まったのではないでしょうか。
過去には、公取委のみでは流通取引慣行ガイドラインの再検討の議論が進展しなかったものの、経産省の報告書*5によって、同ガイドラインの改定の契機となったことがありました。このような、公取委が着手しがたい重要な論点こそ経産省が掘り下げるべきではないかと思います。
なお、今回の考察については、2017年1月中旬の限定的な情報に基づいているため、今後の公取委と経産省の議論の方向によっては、再検討したいと考えております。いずれにしても、2つの検討会・研究会には注目しています。
*1:
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_04_00.pdf P2では「前述のとおり、先の報告書で情報がプラットフォームの競争⼒の源泉となることを指摘。」と記載があり。
*2:なお、この記載では、「協力・検討」の主体は明示されていませんが、「経済産業政策を所管する立場」ということは「経済産業省」と考えられます。第三者との体裁である研究会の報告書であるならば、「経済産業省においても経済産業政策を所管する立場から必要に応じた協力・検討を行うことが適切である」といった表現がふさわしいように思えます。
*3:
データと競争政策:経産省と公取の検討会(1)比較 - 競争政策研究所
*4:公取委検討会と経産省研究会の公表は同日ですが、会の委員が重複していることからしても、お互いに相手方の行動は事前に把握していたものと考えられます。
*5: