競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

データと競争政策:ネットワーク効果

2017年1月29日時点で、経済産業省の「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会」(第1回)の資料と議事要旨

第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会(第1回)‐配布資料(METI/経済産業省)

第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会(第1回)-議事要旨(METI/経済産業省)

 

公正取引委員会の「データと競争政策に関する検討会」の資料

検討会:公正取引委員会

が公表されていました。

 

これらの資料のうち、「ネットワーク効果」(network effect)について考察してみたいと思います。

ネットワーク効果」は、例えば以下のように説明されます。

 「ネットワーク効果」とは,製品,技術,仕様等を利用する者が増えることにより,製 品,技術,仕様等の利用価値が高まることをいう。ネットワーク効果により,製品,技術, 仕様等を提供する者は,更に多くの利用者を獲得することができる。なお,ネットワーク 効果は,それ自体は,製品,技術,仕様等の利用者において,その利便性を向上させる側面もある。

 特に,インターネット・ショッピング・モールに代表される双方向市場(後述※注3) においては,「間接的ネットワーク効果」が生じるとされる。これは,プラットフォームの 一方の市場(A市場)の需要者が多いほど当該A市場における商品・役務の需要が増加す る可能性が高まるため,他方の市場(B市場)の需要者にとってプラットフォームの魅力が高まり,他方で,商品・役務の選択肢が多いほどA市場の需要者にとってプラットフォ ームの魅力が高まることをいう。

出典: 

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data05.pdf

P1、2

  前段は「直接(的)ネットワーク効果」と言われることが多い印象です。「直接(的)ネットワーク効果」と「間接(的)ネットワーク効果」を総称して「ネットワーク効果」として言及していることもあり、下記の引用部分でもその可能性があります。

 

1 経産省研究会の事務局説明資料

まず、経産省研究会の事務局説明資料では、次の記載がありました。

諸外国での議論① OECD 『BIG DATA: BRINGING COMPETITION POLICY TO THE DIGITAL ERA』

ビッグデータが提起する競争上の問題

ビッグデータによる「ネットワーク効果」と「規模の経済性」は、市場⽀配⼒と競争優位性をもたらす。

出典:経産省事務局説明資料P4

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_04_00.pdf

 

OECDの報告書の引用元と見込まれるパラグラフ全体は次の通りです。下線は経産省資料で具体的に言及したと見込まれる部分です(下線は当ブログが引用する際に付しています。)。

20. As the acquisition and use of Big Data becomes a key parameter of competition, companies will increasingly undertake strategies to obtain and sustain a data advantage. As argued by Stucke and Ezrachi (2016, p. 30), “Companies are increasingly adopting business models that rely on personal data as a key input. (…) companies offer individuals free services with the aim of acquiring valuable personal data to assist advertisers to better target them with behavioural advertising.” While the competitive rivalry and drive to maintain a data advantage can be pro-competitive, yielding innovations that benefit consumers and the company, some competition authorities emphasise that network effects and economies of scale driven by Big Data can also confer market power and a durable competitive advantage(脚注19).

(脚注19)See the recent report by the Autorité de la Concurrence and Bundeskartellamt (2016).

出典:

https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf

 OECD報告書の全体の流れとしては、「データをめぐる競争は競争促進的であり、消費者にもメリットのあるイノベーションにつながりうる一方で、ビッグデータによる「ネットワーク効果」と「規模の経済」は市場支配力や持続的な(durable)競争優位をもたらしうる(can)と強調する競争当局もある」とのものです。

経産省資料では、意図的にかどうか不明ですが、(1)競争当局(some competition authorities)の言及であることが省かれている、(2)可能性を示す「can」の要素や競争促進効果との対比が省かれており、競争阻害効果が強調されることとなっている、(3)競争優位の持続的な(durable)要素が省かれている、ことが気になります。

なお、下線の文書の記載は、OECD報告書では独仏の競争当局のレポート*1が引用されており再引用となることから、原典である独仏の競争当局のレポートの該当部分を引用した方が適切だったのではないでしょうか。*2

 

2 経産省研究会の議事概要

このネットワーク効果に関して、経産省研究会(第一回)では次のような発言がありました。

ビッグデータによるネットワーク効果は、今後より一層出てくると思われる。この正の循環が進んでいくが、それが進むと他者と共存が困難になる。これを競争政策的にどう考えるか。中長期的には、データの蓄積は独占に繋がるのでは無いかと考えている。

(中略)

プラットフォームというビジネス形態における競争上の問題は、四半世紀前から、ネットワーク効果の問題と検討されてきたが、データ蓄積がもたらす特性が問題を大きくしている。

(中略)

データの標準化は、競争政策上重要。ネットワーク効果が期待できず、他者の追随が出来ない。 

出典 第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会(第1回)-議事要旨(METI/経済産業省)

3点目の「データの標準化は、競争政策上重要。ネットワーク効果が期待できず、他者の追随が出来ない。」について、「データの標準化」が「競争政策上重要」との点は、「データの標準化が、競争政策上重要な論点である」と読むのが素直かもしれませんが、後半の文脈からすれば「データの標準化の状況は企業の競争上重要」といった意図かもしれません。

後半の「ネットワーク効果が期待できず、他者の追随が出来ない。」は、(データが標準化されていない状況では、新規参入者が先行者のデータを活用した)ネットワーク効果が期待できず、先行者に追随することができない、ということかもしれませんが、もう少し説明がないと理解しにくいように思います。

 

3 ビッグデータによるネットワーク効果の具体的な意味

 経産省の研究会の資料と議事要旨ではビッグデータネットワーク効果との関係があまり理解できなかったのですが、OECDの資料でイメージができました。

f:id:japancompetitionpolicy:20170128222545p:plain

出典:

https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf P10

 同資料によると、(1)多数のユーザーを抱えることでより多くのデータが収集でき、それによりサービスの品質を向上させ、さらにユーザーを獲得できるというループ、(2)データにより広告のターゲット精度を向上させて、収益機会を得ることができ、その収益に由来する投資によりサービスの品質を高め、ユーザーを獲得できるというループが考えられるとのことです。*3

 

4 公取委検討会の事務局説明資料

公取委の検討会(第1回)の資料でもネットワーク効果の言及があります。*4

○ 一方で,競争政策の観点からは,ビッグデータ(別紙2)はオンライン市場に見られるネットワーク効果※注1を強化し,市場の「ティッピング」(別紙2)と「winner-takes-all の帰結」を生じさせる可能性があると指摘されるなど,競争政策の観点からの問題提起がなされている(OECDビッグデータに関するラウンドテーブル(平成28年11月開催)事務局作成文書(参考2)。この他※注4及び※注5で後述)。

(中略) 

(2) データの収集及び活用による市場支配力の形成等の可能性

○ 市場支配力との関係で,プラットフォームに観察されるネットワーク効果や規模・範囲の経済,競争者へのスイッチングコストをどのように考慮することが適当か。

出典: 

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data05.pdf

P1、P8

 

公取委研究会では、さらに「間接ネットワーク効果」にも着目しているようです。

○ 現時点の内外の議論においては,オンライン上でプラットフォームを広く提供している,いわゆるデジタルプラットフォーム企業が,データの収集における競争法上の議論の中心となることが多い。
 代表的な懸念として,これらデジタルプラットフォーム企業は,双方向市場※注2(二面市場)としての事業の性格から,間接ネットワーク効果が働く(後略)

出典: 

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data05.pdf

P3

 

(関連)

データと競争政策:経産省と公取の検討会(1)比較 - 競争政策研究所

データと競争政策:経産省研究会(1)趣旨と経緯 - 競争政策研究所

 

 

*1:

http://www.autoritedelaconcurrence.fr/doc/reportcompetitionlawanddatafinal.pdf

*2:ただし、私が簡易的に検索した範囲では、独仏の競争当局のレポートでOECDの記載を直接表現する箇所はみつかりませんでした。

*3:22. Unlike the brick-and-mortar retail economy, modern business models are frequently characterised by data-driven network effects that can improve the quality of the product or service. These data-driven network effects are the result of the two user feedback loops depicted in Figure 1. On the one hand, a company with a large base of users is able to collect more data to improve the quality of the service (for instance, by creating better algorithms) and, this way, to acquire new users – ‘user feedback loop’. On the other hand, companies are able to explore user data to improve ad targeting and monetise their services, obtaining additional funds to invest in the quality of the service and attracting again more users – ‘monetisation feedback loop’. These interminable loops can make it very difficult for any entrant to compete against an incumbent with a large base of customers. https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf 

*4:

なお、前半のOECD報告書の引用部分は下記と考えられます

26. Another difference between modern applications of Big Data and traditional business models is the lack of physical bounds to the quantity and variety of data that can be collected in a digital world and the unlimited knowledge that can be obtained by running data mining algorithms on a variety of datasets, or using data-fusion. As a result, Big Data has shifted the slope of the business learning curve (Figure 2), allowing the steep acceleration phase of the Big Data incumbent to last longer and making the increasing returns on data harder to exhaust. When a Big Data player finally reaches the plateau stage, its dimension is so big that may be very difficult for any small player to effectively exert competitive pressure, creating a potential for market ‘tipping’ and winner-takes-all outcomes.

108. (前略) Data-driven network effects tend to become self-sustaining, favouring incumbents and enabling them to entrench their positions once they reach the tipping point of a critical mass of users.

出典:https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf