競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

日経経済教室:新時代の競争政策(上)大橋弘東大教授

2017年3月22日と23日に連続して、日本経済新聞の経済教室欄に「新時代の競争政策」と題して、大橋教授と杉本公取委委員長の主張が掲載されていました。

新時代の競争政策(上)IT世界の寡占化 課題に データ囲い込み 対応急務 大橋弘・東京大学教授 :日本経済新聞

 

新時代の競争政策(下)経済成長・格差是正に寄与 デジタル化への対応重要 杉本和行・公正取引委員会委員長 :日本経済新聞

 

今回は大橋弘東京大学教授の記事について、考察したいと思います。

 

大橋教授は、独禁法とも関係の深い産業組織論を専門とする方であり、かつ、経済産業省の競争政策関連の研究会で座長を務めています。*1

 

大橋教授の主張としては、日本では人口減少と第四次産業革命という2つの課題を踏まえた競争政策が必要であり、前者への対応としては競争当局と他府省との連携、後者への対応としてはデータ関連の事件の摘発のために競争当局の体制・専門性の確立が必要とのものです。

 

全般的には興味深い主張と感じました。しかし、数点の疑問があります。

 

(1)人口減少

まず、下記の表を基礎に次のとおり述べています。

鉄鋼に関して直近10年間の財務データを分析すると、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)でみた寡占度は世界的な減少傾向とは対照的に、わが国では高まっている(表参照)。今後の詳細な分析は不可欠だが、国内の業界再編は、急激な人口減少に直面するわが国に特有の現象であることが分かる。

 

 

 

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「今後の詳細な分析は不可欠」との留保をしつつ、 この表の鉄鋼部分から、「国内の業界再編は、急激な人口減少に直面するわが国に特有の現象」と主張しています。

しかし、

(1)米国、英国、韓国等の国との比較がないため、日本特有の現象かどうか不明

(2)人口現象と業界再編との関係性が不明

(3)鉄鋼のみのデータで日本全体に一般化してよいか疑問

(4)世界全体では、2006年から2015年の間に中国、インド等の新興国の急速な発展があり、その影響に触れられていない

といった点が気になりました。

データソースは検証できませんでしたが、世界全体の寡占度(HHI)があまりにも低く、「鉄鋼業」の実際の範囲が気になりました。世界全体のHHIが120では、シェアが最大の企業でも11%未満*2となり、相当広範囲の企業を含めているように感じます。

 

人口減少部分は「業界再編」つまり、企業結合を念頭に記載されています。

「他府省と連携」という言及からしても、明示的に触れられていませんが地方銀行の企業結合を視野に主張がなされているように感じました。

 

また、「競争制限効果が強く働けば、需要家がその地域から離れる可能性がある点にも留意が必要だ。」との点にも疑問があります。理論的可能性はあるにせよ、需要者が実際に安価な財・サービスをもとめて移動するとのイメージは持ちにくいです。銀行に即して言えば、企業が低金利を求めて長崎から福岡などに移動するでしょうか。

仮に移動が大きく起きるとすれば、人口減少地域から都市部に企業や人が移り、東京等への集中が加速すると考えられます。そのような結果自体は当然の帰結かと思いますが、地方創生との政府の方向とは異なるおそれがあります。

 

(2)第四次産業革命

後半部分に大きな違和感はありません。

ただし、「わが国のものづくりの最先端技術」、「わが国のものづくりの優位性」がビッグデータの活用、第四次産業革命によって失われるおそれがあるとの主張については、説得的ではないように感じました。この場合の「わが国」の「ものづくり」が何を指すかは明確ではありませんが、製造工場自体は海外に移転し、製品の設計や企画を含めた企業全体でも東芝やシャープといった企業が苦戦しています。日本において、「ものづくり」に優位性が存在し、それがどの程度経済全体に大きく影響していることは、もはや自明ではないように感じられます。

 

*1:

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_02_00.pdf

http://www.meti.go.jp/press/2016/09/20160915001/20160915001-1.pdf

*2: シェア1位が11%で他はごく小さいとしても、11%の二乗で121となり、120を超えることになる。

HHIについては、下記を参照しました。

用語の解説:公正取引委員会

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