巨人軍山口投手の処分と優越的地位の濫用
巨人軍の山口投手に対する処分について、(1)日本プロ野球選手会の主張と(2)それに対する巨人側の反論が報道されていました。
まずは引用いたします。
(1)日本プロ野球選手会の主張
また労働契約でない特殊な契約と考えたとしても、このような不当な契約解除を当然の前提として自主退団を迫り、総額数億円もの金銭的不利益を甘受するよう迫ることは、巨人軍が対象選手の今季の事業活動継続の可否を決定し得るという取引上優越した地位にあることに照らし、独占禁止法上不公正な取引方法として禁止される優越的地位の濫用に該当します。
(2)巨人側の反論
言うまでもなく、契約見直しは山口投手と当球団との話し合いにより双方合意の上で行われており、独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当しないのは明らかです。
この論争では、優越的地位の濫用「らしさ」があらわれていたので、検討したいと思います。
まず選手会側は、「取引上優越した地位にあることに照らし」として、「不当な契約」などと論じるのみで、行為類型の詳細を論じたり「不当」の意味を説明していません。
しかし、優越的地位の濫用は、次のとおり説明されています。
優越的地位の濫用として問題となる行為とは,「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に」行われる,独占禁止法第2条第9項第5号イからハまでのいずれかに該当する行為である。
「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日 公正取引委員会。以下「ガイドライン」という。) http://www.jftc.go.jp/hourei.files/yuuetsutekichii.pdf
優越ガイドラインの構成からしても、(1)優越的地位を利用しての要件(ガイドライン 第2)、(2)「正常な商慣習に照らして不当に」の要件(同 第3)、(3)行為類型の要件(同 第4)と整理されます。
選手会側の主張では、各要件の該当性が具体的に説明されていません。特に、「不当」との文言は、独占禁止法上は、「公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断される」(ガイドライン第3)とされていますが、この点の説明がありません。
対して、選手会側は、山口投手と「合意」があることを根拠に、独占禁止法違反ではないと反論しています。
確かに、合意が存在する場合は、優越的地位の濫用の問題とはならないと考えられています(ガイドライン12頁など)。しかし、ガイドライン上、合意は次のとおり説明されています。
「合意」とは,当事者の実質的な意思が合致していることであって,取引の相手方との十分な協議の上に当該取引の相手方が納得して合意しているという趣旨である。(ガイドライン12頁)
したがって、単に合意があることのみならず、山口投手との協議の過程や山口投手の納得の度合いが説明されなければ、十分な反論とはならないと考えられます。
以上のとおり検討したものの、両当事者(その代理人)は上記の要素は認識した上で、主張・反論を公表しているものと考えられます。上記の論点は優越的地位地位の濫用の議論では非常にメジャーなものであり、ガイドラインにも明確に記載があるためです。
上記の論点を説明して、法的に独占禁止法上の要件該当性を論じるりも、選手会側としては、「優越的地位の濫用」という刺激的な言葉を利用して議論を盛り上げようとし、巨人軍側としては、一般的な「合意」という文言で議論を沈静化しようとしたものではないかと推測します。