競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

酒類の廉売に関する公正取引の基準の公表(国税庁)

 

過去の記事では、パブリックコメント前に審議会に提出されたものでしたが、「酒類の廉売に関する公正取引の基準」が平成29年3月31日に公表されました。

酒類の公正な取引に関する基準を定める件|国税庁告示|国税庁

(参考)

酒類の公正な取引に関する基準の取扱いについて(法令解釈通達)|間接税関係 個別通達目次|国税庁

 

その案と、パブリックコメント後の基準との差異は確認できませんでした。*1

数字は漢数字となっていました。

 

内容面の検討事項については、過去の記事でおよそ尽きているのでパブリックコメントの意見に対する回答を中心に、注目点を指摘したいと思います。

 

(過去の記事) 

酒類の廉売に関する公正取引の基準案(国税庁) - 競争政策研究所

 

パブリックコメント結果)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=410280061&Mode=2

 

以下では「【別紙1】基準案に対する当庁の考え方」*2について、検討します。

 

(1)独禁法の不当廉売との差異

(意見)

既に公正取引委員会から不当廉売に対するガイドラインが示されていることから、今回の基準も同一であることが望ましい。

国税庁の考え方)

改正法においては、酒税の保全及び酒類の公正な取引の円滑な運行を図るため、独占禁止法とは別に酒類業者が遵守すべき基準の策定を求めているところ、両者が必ずしも同一である必要はないものと考えます。なお、基準の策定に当たっては、改正法において公正取引委員会との協議を行うこととされており、基準と独占禁止法との整合性について一定の配慮がなされているものと考えます。

 不当廉売規制と国税庁の新たな規制について、基準が同一でないことを示唆しています。影響も勘案しつつも、「正当な理由なく、酒類を当該酒類に係る売上原価の額と販売費及び一般管理費の額との合計額を下回る価格で継続して販売すること」を禁止している点で、独禁法との大きな差異が存在することから、両者は全く違ったものと考えられます。「基準と独占禁止法との整合性について一定の配慮」が具体的にどのようなものかは不明です。

 

(2)費用基準と影響基準

 

(意見)

販売価格が総販売原価を下回った場合には直ちに基準違反としてほしい。

国税庁の考え方)

酒類業者の健全な経営努力を阻害し、消費者利益を損なうことのないよう求める改正法の趣旨を踏まえれば、単に販売価格がいわゆる総販売原価を下回った場合にこれを基準違反の対象とすることは、酒類業者が過度に委縮することにより、消費者の利益を損なうおそれがあることから、基準案においては、酒類事業への影響についても考慮することとしております。

意見提出者は規制賛成の考えを持っているようですが、逆に回答では費用基準を満たすのみでは違反とならないことが、あらためて示されています。 

 

(3)影響の評価

(意見)

「相当程度の影響を及ぼすおそれ」とあるが、「おそれ」の判断は主観的にならざるを得ず、主観で取引に規制をかけることは、自由競争の原理に反する。

国税庁の考え方)

通達において、「相当程度の影響を及ぼすおそれ」の有無の判断は、廉売事業者の規模、廉売の態様、広告の状況等の客観的な事実を踏まえ、酒類業者の酒類事業に与える影響を判断する旨規定いたします。

また、法令解釈通達において、以下の通り示されています。

 

(5) 「自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある」かどうかについては、次の事項を総合的に考慮して判定するものとする。

イ 酒類の総販売原価割れ販売(以下「廉売」という。)を行っている酒類業者(以下この項において「廉売業者」という。)の酒類の公正取引に係る過去の改善指導の状況及びその後の具体的な改善状況等

ロ 廉売業者の酒類事業の規模(酒類の販売数量、売上高、販売地域におけるシェアなど)

(注)「酒類事業の規模」は、廉売業者の商圏に応じて、都道府県や市区町村又は税務署管轄区域などの単位で判断する。
ハ 廉売業者の廉売の態様(総販売原価割れの程度の大きさ、廉売の数量の多寡、廉売の期間の長さ、廉売の頻度、廉売の対象銘柄数の多寡、当該廉売業者における廉売対象酒類の通常の販売価格との価格差、廉売商品の特性など)

ニ 廉売商品を目玉商品(おとり商品)とした広告の展開状況(チラシや電子メール等による広告の配布・配信件数など)

ホ 廉売業者の酒類事業に対する廉売の影響(酒類事業又は廉売対象若しくはこれに類する酒類の売上高の減少や利益率の低下など)

へ 周辺の酒類業者の酒類事業に対する廉売の影響(周辺の酒類業者の酒類事業又は廉売対象若しくはこれに類する酒類の売上高の減少や利益率の低下、酒類の販売数量の減少、販売地域におけるシェアの低下、廉売業者の行った廉売に対抗するために周辺の酒類業者が行う廉売の状況など)
(注)「周辺の酒類業者」とは、廉売業者の商圏に応じて、都道府県や市区町村又は税務署管轄区域などの単位で域内の酒類業者(製造・卸・小売を問わない。)のうち、廉売の影響を受けていると考えられる酒類業者をいう。なお、必要に応じて、廉売業者の販売場の態様(都心型か郊外型か)、販売の態様(店頭販売のみか通信販売を行っているか又は業務用販売か家庭向け販売か)、チラシ広告の配布地域などを考慮して、廉売の影響を判断する。 

 

国税庁よって示された影響基準の考慮事項は、公取委の廉売の基準*3よりも書き込まれています。例えば、公取委は「周辺の酒類販売業者の状況」としか示していませんが、上記通達では「周辺の酒類業者の酒類事業に対する廉売の影響」として、廉売と影響との因果関係を考慮するとしています。具体的に、廉売によって「売上高の減少」、「利益

率の低下」といったことを「廉売の影響」として示すことは、非常に精緻な分析が必要と考えられます。季節要因、需要の低下、企業努力の不足等の影響を取り除き、「廉売の影響」による売上高の減少等がどの程度かを示すことは容易ではないと考えられます。

逆に言えば、独禁法の場合は「仕入れ原価未満」の価格での販売であるため、通常は合理的ではないのですが、新たな規制は「総販売原価未満、仕入原価以上」の価格という、一定の合理性のある価格であるため、影響基準をより慎重に検討する必要があるとの意味と考えられます。

 

かかる分析方法が確立した場合、独禁法の世界に逆輸入されることがあってもよいのではないでしょうか。

*1:パブリックコメント結果のページでも、「提出意見を踏まえた案の修正の有無」は「無」となっています。

*2:http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000157112 

*3:

http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/futorenbai_sake.html