競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

酒類の廉売に関する公正取引の基準案(国税庁)

以前紹介したとおり、酒類の廉売を規制する観点から酒税法の改正がなされ、

酒の廉売規制 - 競争政策研究所

規制の具体的な基準の案(酒類の公正な取引の基準(案)。以下「基準案」)が、平成28年12月21日の国税審議会酒類分科会に示されました。

第17回 酒類分科会 説明資料 目次|審議会・研究会等|国税庁

 

報道によると、審議会で了承された模様です。

酒の安売り、赤字続けたら免許取り消し 国税庁規制強化:朝日新聞デジタル

 

本日はその内容について、簡単に考察してみたいと思います。

公取委関連の引用は赤、国税庁関連の引用は青としています。

 

(1)目的

(目的)
1 この基準は、酒類が、酒税の課される財政上重要な物品であるとともに、致酔性及び習慣性を有する等、社会的に配慮を要するものであるというその特殊性に鑑み、酒類の販売価格は、一般的にはその販売に要する費用に利潤を加えたものとなることが合理的であるとの考え方の下、酒類の公正な取引に関し必要な事項を定め、酒類業者がこれを遵守することにより、酒税の保全及び酒類の取引の円滑な運行を図ることを目的とする。

審議会での説明資料2−1によると、議員立法の趣旨説明「酒類に関する公正な取引のための指針」(平成18年8月31日 国税庁)の基本的な考え方を明記したもののようです。

目的としては、「酒税の保全」と「酒類の取引の円滑な運行」とのことです。また、酒類の販売価格は「一般的にはその販売に要する費用に利潤を加えたもの」が「合理的」との考え方が示されています。この点については後ほど費用基準の部分で詳述します。

 

(2)具体的な公正な取引の基準

今回の実体規定として重要なのはこの「2」と考えられます。

酒類業者は、次のいずれにも該当する行為を行ってはならないものとする。
⑴ 正当な理由なく、酒類を当該酒類に係る売上原価の額と販売費及び一般管理費の額との合計額を下回る価格で継続して販売すること
⑵ 自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある取引をすること

独占禁止法上の不当廉売規制と比較をしたいと思います。

 

不当廉売に関する独占禁止法上の考え方:公正取引委員会

(1) 独占禁止法第2条第9項第3号
 正当な理由がないのに,商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの
(2) 不公正な取引方法第6項
 法第2条第9項第3号に該当する行為のほか,不当に商品又は役務を低い対価で供給し,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。

(ア)正当な理由なく

まず、必ずしも同じ文言であるからといって、同一の解釈とは限りませんが、「基準案」では「正当な理由なく」とし、「独占禁止法第2条第9項第3号」いわゆる「法定不当廉売」と同様に、他の要件に該当すれば、「正当な理由」がない限りは原則として問題となるとの考え方を示しているものと考えられます。

 

(イ)継続性

基準案も法定不当廉売と同様に継続性の要件を付与しているようです。

公取委の指針では、継続してとは、「相当期間にわたって繰り返し廉売を行い,又は廉売を行っている事業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが,毎日継続して行われることを必ずしも要しない」とあります。継続性に関して、国税庁公取委運用を参考とするのであれば、短期間の単発の廉売は規制しないのではないかと考えられます。

 

(ウ)影響

独占禁止法上の不当廉売については、「酒類の流通における不当廉売,差別対価等への対応について」(平成21年12月18日公正取引委員会)において、他の事業者への影響の判断要素として下記が記載されています。

  • 廉売を行っている事業者(以下「廉売行為者」という。)の事業の規模及び態様(事業規模の大きさ,多店舗展開の状況,総合量販店であるかなど)
  • 廉売対象商品の数量,廉売期間(廉売対象となっている酒類の品目数,販売数量,箱売り等の販売単位,廉売期間の長さ等)
  • 広告宣伝の状況(新聞折込広告で広範囲に広告しているかなど)
  • 廉売対象商品の特性(廉売対象となっている酒類の銘柄等)
  • 廉売行為者の意図・目的
  • 周辺の酒類販売業者の状況(事業規模の大きさ,事業に占める廉売対象商品の販売割合,廉売行為者と周辺の酒類販売業者との販売価格差の程度,他の廉売業者の有無,廉売対象商品の売上高の減少の程度等)

酒類の流通における不当廉売,差別対価等への対応について:公正取引委員会

 

基準では、影響を判断する要素を基準案に明記していませんが、審議会説明資料(別紙2−1のP7)によると、以下を通達で規定するとされています。

1 総販売原価割れの程度、廉売数量・期間・品目数等【廉売の程度・特性】
2 廉売業者の酒類事業の規模(酒類の取扱数量や地域シェア等)【事業者の影響力】
3 廉売商品を目玉商品(おとり商品)とした広告の状況等【広範性・廉売の目的】
4 周辺の酒類業者※の酒類事業に対する廉売の影響(廉売対象酒類の売上高の減少、利益率の低下、対抗廉売の実施等)【他の酒類業者への影響度】
※ 対象とする酒類業者については、単に地理的・距離的な範囲だけでなく、店舗の態様(都心型か郊外型か)や販売の態様(店頭かインターネットか)、チラシの配付地域などを勘案し、個別に判断する。
5 廉売を行った酒類業者の酒類事業の経営状況【当該酒類業者への影響度】
6 廉売業者の過去の改善指導の状況【反復性】

概ね、公取の基準と同様と考えられますが、「5 廉売を行った酒類業者の酒類事業の経営状況【当該酒類業者への影響度】」と「6 廉売業者の過去の改善指導の状況【反復性】」は国税庁の通達記載事項にのみ見られます。「5」については、基準案の2に「自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある取引をすること」(下線は引用者による)とあり、他の企業への影響のみならず、自己の酒類事業に影響を及ぼすおそれも規制の対象に含まれていることが理由と考えられます。

 

(エ)費用基準

「正当な理由」や「継続性」の点から、基準案は独禁法の法定不当廉売と類似する部分があります。しかし、基準案と法定不当廉売との大きな違いは費用基準と考えられます。まず、

基準案では「酒類を当該酒類に係る売上原価の額と販売費及び一般管理費の額との合計額を下回る価格」、つまり総販売原価をボーダーとしています*1

他方、独禁法の法定不当廉売の費用基準は廉売対象商品を供給しなければ発生しない費用」(可変的性質を持つ費用)とされています*2。下記の図は公取委の不当廉売ガイドラインの公表時の資料です*3。この資料によると、法定不当廉売のボーダー、つまり費用基準(可変的性質を持つ費用)は、仕入原価と販売費の一部であり、一般管理費は含まれないことが示されています。

 

 

 

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不当廉売に関する独占禁止法上の考え方:公正取引委員会でも、総販売原価を下回ることが合理的であることがあり得ると明記されています。

商品の価格が「供給に要する費用」,すなわち総販売原価(注2)を下回っていても,供給を継続した方が当該商品の供給に係る損失が小さくなるときは,当該価格で供給することは合理的である。

  

(3)今後のスケジュール

平成29年1月にパブリックコメント開始、3月に公正取引委員会との協議・基準の告示、6月施行とされています。

*1:審議会説明資料の別紙2−1のP7に、「総販売原価を下回る価格」での販売かどうかが基準であり、「総販売原価」とは、「仕入原価(製造原価)、販売費及び一般管理費の合計額」と明記されています。

*2:不当廉売に関する独占禁止法上の考え方:公正取引委員会 3(1)ア

*3:

(平成21年12月18日)「不当廉売に関する独占禁止法上の考え方」等の改定について:公正取引委員会 の資料1