競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

ガソリン卸売価格の「価格操作」

毎日新聞がガソリンの卸売価格に関する報道を行いました。

 

記事(1) ガソリン卸価格、給油所の半数高値 大手5社が繰り返す(2016/12/17)

http://mainichi.jp/articles/20161217/dde/001/020/046000c

 

記事(2) ガソリン卸、監視強化へ 経産省、消費者に影響懸念(2016/12/18)

http://mainichi.jp/articles/20161218/ddm/003/020/079000c

 

記事(1)の見出しは次のものです。

石油元売り大手5社が、市場の実勢より割高な価格で給油所にガソリンを販売する価格操作を繰り返していたことが、経済産業省の調査で分かった。

一見、石油元売5社が「カルテルを結んで」卸売価格を引き上げる価格操作をしていたかのような印象でしたが、記事全体を見ると、5社は「それぞれ個別に」卸売価格を高価格に維持するような取引(後述)を行っていることが判明しているのみで、共同行為としては触れられていません。

 

今回はこれらの記事を考察してみたいと思います。

価格操作とは何か

 ガソリン業界には元売り大手が卸価格を決めて系列給油所に納入し、その後給油所と個別交渉して値引きする「事後調整」という取引慣行がある。給油所間の競争が激しくなる中、元売りがシェア(市場占有率)を保つために一部給油所を優遇し、安売りの原資を確保する仕組みとされる。

 経産省によると、市場縮小でガソリンが過剰になるなか、2014年後半ごろから元売りによる「割高な卸価格設定」が目立ち始めた。より高い価格で卸すことで、市場縮小の局面でも利益確保を狙ったとみられる。納入後の値引きは元売りと給油所の交渉で決まるが、調査に対し給油所経営者からは「値引きは元売りのさじ加減で決まる」「値引きは量をたくさん売るところだけ」などと不満が相次いだ。特に過疎地の給油所などでは高い卸値を受け入れさせられていたという。(記事(1))

ガソリンの卸売価格の事後調整のことを「価格操作」と表現しているようです。特に、元売り会社が原則として高価格な卸売価格を設定しつつ、一部の給油所にのみ事後的に値引きし、それ以外の給油所には高価格(割高)にすることを問題視しているようです。

しかし、給油所の声にあるとおり「値引きは量をたくさん売るところだけ」にすることは、基本的なボリュームディスカウントと考えられます。「過疎地」では、配送等のコストが特別に必要となるおそれもあります。

 

このような慣行自体は、公正取引委員会の実態調査でも既に明らかになっています。

ほとんどの元売は,毎週の価格通知後に,系列特約店の申出を受けて個別に値引き交渉を行い,原則として当月内に値引き交渉の結果としての最終的な仕切価格を確定し,各週の決着価格に数量を乗じた額を翌月に発行する当月分請求書に記載している。ただし,一般特約店からは,大規模特約店は個別交渉による値引きを確実に受けられているが,小規模特約店は個別交渉による値引きを受けられるかどうか不確実であるという指摘もみられる。

「ガソリンの取引に関するフォローアップ調査報告書」(平成28年4月
公正取引委員会事務総局)(P19)

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/apr/160428.files/160428_4hontai.pdf

 

 

独占禁止法上の問題(公取委の立場)

記事(1)によると、

経産省公正取引委員会は「不合理な差別的扱いは独占禁止法違反にあたる可能性もある」と問題視している。

として、公正取引委員会も問題視しているとのことです。

独占禁止法上の考え方は、前記の公取委報告書で次のとおり記載されています。

ウ 値引き交渉
 前記1(4)ア(ウ)で述べたように,ほとんどの元売が,系列特約店の申出を受けて,原則として当月内に行っている個別の値引き交渉について,一般特約店からは,大規模特約店は値引きを確実に受けられているが,小規模特約店は値引きを受けられるかどうか不確実であるという指摘もみられる。

 元売が系列特約店との個別の値引き交渉に応じ,原則として当月内に仕切価格の引下げを実施した結果として,系列特約店ごとに引下げの有無・水準が異なること自体は直ちに独占禁止法上問題となるものではないが,系列特約店の仕切価格について,個別の値引き交渉により,特定の系列特約店を競争上著しく有利又は不利にさせるなど,合理的な理由なく差別的な取扱いをし,一般特約店の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすことにより公正な競争秩序に悪影響を与える場合には,独占禁止法上問題(差別対価等)となることに留意する必要がある。 

 「ガソリンの取引に関するフォローアップ調査報告書」(平成28年4月
公正取引委員会事務総局)(P39ー40)同

(注)下線は報告書に記載されているもの。

前段にやや留保のある記載ですが、値引きの有無・水準が異なること自体は直ちに独占禁止法上問題となるものではないと明示されています。

独占禁止法上問題となるのは、(1)合理的な理由なく差別的な取扱いをし、(2)一般特約店*1の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすことにより、(3)競争に悪影響を与えること、という3段階をクリアする場合のようです。記事の記載からは、(1)から(3)の該当性について、判断できる情報はなさそうです。

 

 「適正な」価格水準

調査結果を20日の有識者会議で公表し、卸価格を原油の市場価格の実勢に連動させることなどを元売りに求める方針だ。(記事(1)

 

また、適正な価格を決めるための「国内需給を適切に反映した指標」(経産省)の構築も課題となる。(記事(2))

 

上記のように、ガソリンの卸売価格を何らかの指標に連動させるような取組も検討される可能性があるようです。

このような指標に紐づいた価格の方が、むしろ独占禁止法上問題となるのではないでしょうか。

事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針(平成7年10月30日公正取引委員会

1―(1)―4

(共通の価格算定方式の設定)
○ 具体的な数値、係数等を用いて構成事業者に価格に関する共通の具体的な目安を与える価格算定方式を設定すること。

事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針:公正取引委員会

 

補足:元売りの合併について

 出光興産は合併協議を進める昭和シェル石油の株式を年内にも取得する。企業結合審査を進める公正取引委員会が週明けにも両社の合併について正式承認を出す見通しとなったため。(中略)

公取委は同時に、2017年4月に予定するJXホールディングス(HD)と東燃ゼネラル石油の経営統合にも承認を出す見込みだ。

出光、年内にも昭シェル株取得 公取委が合併承認へ :日本経済新聞

ガソリンの卸売市場における影響を懸念するのであれば、むしろこの元売り合併について検証する方が重要な印象を受けました。 

  

*1: 一般特約店とは、販売子会社、商社系特約店又は全農系特約店以外の特約店とされています(詳細は同報告書P8)。一般特約店は、商社や全農といった大規模な事業者のグループの一員でないため、相対的に交渉力が小さいものと推測されます。