競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

(EU)MicrosoftによるLinkedIn買収の条件付き承認

欧州委がMicrosoftによるLinkedIn買収を条件付きで承認したようです。

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Mergers: Commission approves acquisition of LinkedIn by Microsoft, subject to conditions

 

条件(コミットメント)は後述しますが、当事者にとって深刻な内容ではなさそうです。

EU: Microsoft $26 billion LinkedIn buy approved with light conditions | Competition Policy International

 

まず、前提として、MicrosoftとLinkedInはごく一部のウェブ広告分野を除いては、補完的な事業だったとされています。

Microsoft and LinkedIn are mainly active in complementary business areas, except for minor overlaps in online advertising.

 

そして、欧州委は

(1)専門的SNSサービス(professional social network services)

(2)顧客関係管理(CRM)ソフトウェアサービス (customer relationship management software solutions)

(3)ウェブ広告サービス(online advertising services)

の3分野について特に焦点をあてて審査を行ったとのことです。

 

プレスリリースから 明らかとなったポイントは以下のとおりです。

 

(1)専門的SNSサービス

Microsoftがパソコン向けOSやオフィスソフトに関する強力な立場を利用して、LinkedInの専門的SNSサービスにおける地位の強化を懸念。特に、(ア)すべてのWindowsパソコンにLinkedinをあらかじめインストールすること、また、(イ)LinkedinのサービスをOfficeに統合した上で、Linkedinを契約やプライバシー法上可能な範囲で、LinkedinとMicrosoftの顧客データベースを統合することを懸念。特に(イ)の取扱いは、Linkedinの競合他社によるMicrosoftのアプリケーションとの接続を阻害することで強化されるおそれがある。これは、競合他社にとっては、Microsoftのサービスと円滑に相互運用したり、Microsoftクラウド上のユーザー情報にアクセスすることが必要であるためである。

 

コミットメント/問題解消措置

(ア)PC製造企業・流通企業に対してはWindowsOSにLinkedinをインストールしない自由を与え、PCのユーザーに対してはあらかじめインストールされたLinkedinを削除することを可能とする

(イ)専門的SNSサービスの競合他社に対して、現在と同等のOfficeソフトとの相互運用を可能とすること

(ウ)専門的SNSサービスの競合他社に対して、「Microsoft Graph」(アプリケーションの開発とMicrosoftの保有するユーザー情報へのアクセスのための機能。情報へのアクセスはユーザーの同意が必要)の利用を可能とすること

(エ)コミットメントの内容は5年間有効であり、トラスティー(Trustee)によって監視される。

上記の履行を条件として、買収は競争上の懸念を有しない。

 

(2)顧客関係管理(CRM)ソフトウェアサービス (customer relationship management software solutions)

(ア)買収後に、Linkedinのサービスの利用者にMicrosoftのソフトウェアを購入するよう強制すること

(イ)競争者によるLinkedinのデータベース全体( the full LinkedIn database)への接続を拒否し、それを通じた競争者の高度な顧客関係管理(CRM)サービスの開発を阻害すること

を懸念。

しかし、

(ア)については、MicrosoftとLinkedinのサービスの需要者は重複しているものの、Linkedinのサービスは需要者にとって必須(must have)とはいえない。

(イ)については、Linkedinのデータベース全体( the full LinkedIn database)への接続は、競争者にとって不可欠(essential)とはいえない。

さらに、MicrosoftCRMサービス分野では、OracleやSAPに比べるとそれほど強力な企業ではなく、競争者をこの分野の市場から締め出し、競争を排除するおそれはない。

 

なお、MicrosoftのサービスはDynamics、LinkedinのサービスはSales Navigatorとして公表文で紹介されています。詳細は下記のリンクにありますが、顧客関係管理の経験がなければイメージがつかみにくいのではないでしょうか。

Microsoft Dynamics

Sales Navigator: The Social Selling Tool | LinkedIn

(3)ウェブ広告サービス(online advertising services)

 ウェブ広告サービスについて、EUにおける両社の合算シェアは低いことや、同サービスの市場は移ろいやすい(fragmented)ことから、競争上の懸念はない。

 

データ関連

以上はほぼ概要訳でした。ただ、データについて興味深い記載がありましたので取り上げてみたいと思います。

(1)データの位置付け

まずデータの記載の位置ですが、素直に読めば「ウェブ広告サービス」の検討の一部として記載されていると考えられます。これはFACEBOOK/ WHATSAPP(Case No COMP/M.7217)と同様の位置・構成です。

http://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m7217_20141003_20310_3962132_EN.pdf

しかし、後述のとおり、どのような単なるウェブ広告サービス」市場の内容を超えて、データの集中そのものに対して言及している印象があります。

 

(2)データと競争法の関係

FACEBOOK/ WHATSAPPの場合、データについて「公表文」では次の記載でした。

FACEBOOK/ WHATSAPP(Case No COMP/M.7217)

In the context of this investigation, the Commission analysed potential data concentration issues only to the extent that it could hamper competition in the online advertising market. Any privacy-related concerns flowing from the increased concentration of data within the control of Facebook as a result of the transaction do not fall within the scope of EU competition law.

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Mergers: Commission approves acquisition of WhatsApp by Facebook

 

Microsoft/LinkedInの公表文の記載は次の通りです(引用部分よりも前にもデータの記載があります。(3)参照)。

The Commission analysed potential data concentration as a result of the merger with regard to its potential impact on competition in the Single Market. Privacy related concerns as such do not fall within the scope of EU competition law but can be taken into account in the competition assessment to the extent that consumers see it as a significant factor of quality, and the merging parties compete with each other on this factor. In this instance, the Commission concluded that data privacy was an important parameter of competition between professional social networks on the market, which could have been negatively affected by the transaction.

(注:下線は引用者による)

 このように、下線部の前までは概ね同様の内容ですが、下線部以降が追加されています。

つまり、プライバシーの問題は競争法の範囲ではないとする一般論は同様です。しかし、消費者がプライバシーを(サービスの)質の重要な要素として認識し、合併当事者が同要素を巡って競争している場合、競争法上の評価においても考慮され得ると一般論(現在形)で述べています。この部分は、FACEBOOK/ WHATSAPPに比べて、一歩踏み込んでいるものと考えられます。同事案のDecision*1でも確認できませんでした。単なる推測ですが、このような変化はVestager委員に交代した影響による可能性もあります。

 

また、Microsoft/LinkedIn事案で具体的にデータのプライバシーは専門的SNSサービスにおける重要な競争上の要素であったと結論付けられています。これは過去形の記載であることからしても、具体的に検討がなされた結果と考えられます。

前段の一般論においては、合併当事者がお互いに、つまり水平的に競合し、プライバシー要素に関して競争をしている状況に限定していると一見感じました。しかし、Microsoft/LinkedIn事案では、「専門的SNSサービス」で水平的に競合しているとは判断されておらず、より広い範囲でのプライバシー保護競争を検討している可能性があります。ウェブ広告サービス」であれば、合併当事者はある程度、水平的に競合していると認定されています。

 

なお、which以下を仮定法であるとして素直に読めば、買収により悪影響を生じる可能性があったが、そのような懸念は生じなかったことを示すものと考えられます。

 

(3) Web広告におけるデータ

この買収による広告目的のデータの集中は競争上の懸念を惹起しないと明言されています。理由付けは、そのようなユーザーデータは他で入手可能とのものです。推測ですが、Decisionでは、FACEBOOK/ WHATSAPPと同様のグラフが記載されているのではないでしょうか。

Moreover, no competition concerns arise from the concentration of the parties' user data that can be used for advertising purposes. This is because a large amount of such user data will continue to be available on the market after the transaction. In addition, the transaction would not reduce the amount of data available to third parties as neither Microsoft nor LinkedIn currently makes available its data to third parties for advertising purposes.

 

 

f:id:japancompetitionpolicy:20161211002853p:plain

出典 FACEBOOK/ WHATSAPP Decision P34 

http://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m7217_20141003_20310_3962132_EN.pdf

 

公表文のみでは不明確な部分も多く、決定本体が公表される段階で、今後、詳細な検討がなされるものと考えられます。