競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

キリン/アサヒ社長対談と独禁法(1)記事の概要

少し古い記事ですが、週刊ダイヤモンドで、布施孝之キリンビール社長と小路明善アサヒビール社長の対談が掲載されました。

diamond.jp

 

この記事によると、下のようなやり取りがあったようです。

  • 対談抜粋(1)

 小路 これまでわれわれは4社で激しいシェア争いをしてきました。しかし、ここまで市場が小さくなるとシェア争いという個社の戦略ではなく、どうすれば市場全体が伸びるかを真剣に考えないと共倒れになりかねません。

布施 うん。シェア争いではもう飯が食えませんよね。市場が縮小している中で、行き過ぎた水準の販促費を掛けてシェアを取りにいく。こうなると利益が目減りして、縮小均衡パターンになって誰も幸せになりません。

  •  対談抜粋(2)

小路 でも、価格ではなく、こういった商品の「価値」をめぐって競争するのが業界の本来あるべき姿だと思います。

 決して談合するわけではありませんが、シェア競争から脱し価値競争に移行することで適正な利益を得る。(後略)

布施 じゃあ、どうやって利益を得るのか。そこで重要なのが、これは小路さんがよく言われていることですけど、競争分野と非競争分野を分けることです。

小路 うんうん。いわゆる「競争と協調」ですね。

  •  対談抜粋(3)

布施 (前略)

 シェア競争という負の遺産が業界を短期的な発想中心にし、市場が過当競争に陥りレッドオーシャン化した。もっと中長期的な発想で、ビール業界を魅力的にしていきたいですね。

小路 私もそう思います。だからこそ、トップが声を上げる必要がある。実際に「取った取られた」という競争をしている営業現場にまで「シェアではなく価値なんだ」と浸透させないといけません。

2人 業界を魅力的な市場にすべく、頑張りましょう。ありがとうございました。

 

また、2016.4.2付ダイヤモンドでは

【特別インタビュー】4社体制の維持はできない 残された道は「業界再編」だ

 と題して、磯崎功典キリンホールディングス社長のインタビュー記事も掲載されています。*1

 

-(前略)(前の対談で)「もう無益なシェア争いはしない」と断言されましたが、実際には、販売促進費の抑制は進んでいないのではないですか。

 まだ現場レベルには浸透していません。激しい争いが行われている店頭では、お金を使っています。ただし、各社の経営者が、現状に危機感を抱いています。会合の場で顔をあわせると、「何とかなりませんかね」と話題になることもありますよ。(中略)

 談合するわけではないのですが、「シェア争いで利益は生めないよね」というムードは醸成されています。

-(前略)海外勢と伍して戦うにも、国内整理を急ぐべきではないでしょうか。

 早急にやらねばと思っております。しかし、キリン1社の経営判断だけで成立する話ではありません。独占禁止法の問題もある。

 しかしそれでも、12年の新日本製鐵住友金属工業、昨年発表されたJXホールディングス東燃ゼネラル石油の統合のように、国内シェアが高くてもグルーバルでシェアが低ければ認められるケースが出てきた。私はビール業界だって例外ではないと思います。4社体制が維持できるとは思いません。 

(注)JX東燃と東燃ゼネラルグループは2016年3月30日から企業結合の二次審査に入っており、インタビュー当時において、公取委から認められていたものではありません。*2

今回はこのような対談・インタビュー記事について、独禁法の観点から考察してみたいと思います。

 

(続く)

コンデンサカルテルのリニエンシー

2016年3月29日、コンデンサカルテルについて、公正取引委員会が措置を公表しました。課徴金額が約67億円であり、相当の規模のカルテルだったようです。

 

(平成28年3月29日)アルミ電解コンデンサ及びタンタル電解コンデンサの製造販売業者らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令について:公正取引委員会

 

公表されたリニエンシー申請者は(アルミ電解コンデンサ)日立エーアイシー株式会社(免除。事前1位)、(タンタル電解コンデンサ)ビシェイポリテック株式会社(免除。事前1位)、NECトーキン株式会社(50%減額。事前2位)となります。*1

事前申請者が2社以上いるカルテルは珍しい気がします。

 

平成28年3月29日

アルミ電解コンデンサの製造販売業者に対する件

法人番号 事業者の名称 所在地 代表者名 免除の事実又は減額の率

2060001023777

日立エーアイシー株式会社 栃木県真岡市久下田1065番地

代表取締役
市村 滋朗

免除

タンタル電解コンデンサの製造販売業者に対する件

法人番号 事業者の名称 所在地 代表者名 免除の事実又は減額の率

8370001001985

NECトーキン株式会社 仙台市太白区郡山六丁目7番1号

代表取締役
小山 茂典

50%

8380001017048

ビシェイポリテック株式会社 福島県田村郡三春町大字熊耳字大平16番地

代表取締役
佐藤 健

免除

(五十音順)

 

 

 このうち、日立エーアイシー(日本タンタル事前1位)とNECトーキン(日本アルミ事前2位)は既に米国でも措置が公表されています。

 

(2015.9.2)NECトーキン(日本アルミ事前2位)

NEC Tokin Corporation to Plead Guilty and Pay $13.8 Million for Fixing Price of Electrolytic Capacitors | OPA | Department of Justice

日本語概要

http://www.jftc.go.jp/kokusai/kaigaiugoki/usa/2015usa/201510usa.html

(2016.4.27)日立エーアイシー(日本タンタル事前1位)

Hitachi Chemical Co. Ltd. to Plead Guilty for Fixing Price of Electrolytic Capacitors | OPA | Department of Justice

(このほか個人関係)

https://www.justice.gov/atr/case/us-v-takuro-isawa

 

 

NECトーキンは日本よりも半年以上早く有罪答弁に合意しています。

日立エーアイシーは、日本では免除にもかかわらず、米国ではリニエンシー(免除)を得られていません。これはなぜでしょうか。

 

可能性はいくつか(いくつでも)考えられます。

 

(1)日立エーアイシーが米国でのリニエンシーの条件を満たさなかった。

単純に、米国のリニエンシーの条件を満たさなかった可能性があります。*2

しかし、日本で事前一位の申請が認められているため、米国では条件を満たさないということは考えにくいです。

日立エーアイシーは上場企業である日立化成の子会社であり、非協力を行うとは思えません。

また、日立化成のHPでは「2014年3月米国司法省より証拠提出命令書を受領後、当社グループは、コンデンサ事業に関する調査に協力してまいりました。」と協力を行っていた旨の記述があります。*3

 

(2)日立エーアイシーが米国で申請が遅れた。

日立エーアイシーが日本では事前一位で申請したにもかかわらず、米国での申請を怠った、遅れたという可能性があります。

逆に、米国での一位の申請者が、日本で申請していない、遅れたという可能性もあります。

 

(3)違反行為の市場が異なる。

日本では「アルミ電解コンデンサ」と「タンタル電解コンデンサ」の二事件について措置をとっています。しかし、二事件とも「マーケット研究会又はマーケティング研究会と称する会合」であるため、米国では一つの事件として取り扱われている可能性があります。

このため、ビシェイポリテック株式会社が、「タンタルアルミ電解コンデンサカルテル」という大きなカルテルで米国にてリニエンシーを得て、日立エーアイシーは米国では2位以降となったのかもしれません。

しかし、台湾当局の措置については、Vishay Polytech Co.,も措置を受けています。*4ただし、ビシェイポリテックが主要国当局では申請したが、台湾での申請が遅れた可能性もあります。

 

結局、実際の状況はわかりません。今後、現在、異議告知書を送付しているEU当局の措置が出た場合は、全体像がわかるようになるかもしれません。

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission sends statement of objections to suspected participants in electrolytic capacitors cartel

 

雑感 

(1)公正取引委員会が措置をとった事業者の中に、上場企業も一定数いますが、リニエンシーを申請していないのでしょうか。それとも、公表しないだけなのでしょうか。

株主代表訴訟のリスクはどのように検討したのかも気になるところです。*5

 (2)日立化成のプレスリリースによると、「2002年8月から2010年3月の間に行われた電解コンデンサの取引の一部」のカルテルとあります。DOJ公表文でも「between 2002 and 2010」とありました。

日本のタンタル電解コンデンサ事件の課徴金算定上の実行期間は「平成22年8月1日から平成23年10月18日」*6です。日本の場合は最大3年間が課徴金の算定期間ですが、どのような背景でこのような違いになったのでしょうか。

 

(2018年3月24日追記)

EU当局の制裁金が公表されました。

 

European Commission - PRESS RELEASES - Press release - Antitrust: Commission fines eight producers of capacitors €254 million for participating in cartel

http://ec.europa.eu/avservices/avs/files/video6/repository/prod/photo/store/7/P036647000102-624574.jpg

・EUでの事前1位は三洋電機パナソニック(Sanyo Electric Co., Ltd. and its parent Panasonic Corporation)であり、  € 32 389 000もの制裁金の免除を受けています。しかしこの2社は日本では違反行為者に含まれていません。

・日本での1位(タンタル電解コンデンサ)のビシェイポリテック社がEUでは減額すら獲得できていません。

・日本での1位(アルミ電解コンデンサ)の日立化成グループがEUでは減額幅で2番手になっています。

 

 

 

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