競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

「デジタルカルテル」の定義など(2017.4.2日経記事より)

日経新聞に「デジタルカルテル」についての記事が取り上げられました。

ニュースが少ない日曜日とはいえ、一定の紙面をさいて、また電子版ではインタビューも掲載されていました。

AIが価格調整 デジタルカルテル、法的責任だれに :日本経済新聞 (記事1)

「暗黙の了解」成立するか 現行法で対処難しく :日本経済新聞 (記事2)

AI時代の競争ルール「過度の萎縮不要」 弁護士に聞く :日本経済新聞 (記事3)

 

これらの記事については既に批判的な指摘があります。

日経朝刊「デジタルカルテルの挑戦状」という記事について: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。

 

植村弁護士の指摘に一定程度同意できる部分はあり、記事自体は焦点が定まっていないきらいもありますが、問題提起としては意欲的な取り組みだと感じました。

まだ記事の内容や「デジタルカルテル」自体を消化できていないのですが、ソースを確認しつつ、第一歩としての考察をしたいと思います。

 

(1)デジタルカルテルの定義

記事1では

価格決定アルゴリズムを使い事業者が利益の最大化を図る「デジタルカルテル

として定義しています。

しかしこれでは、共同行為か単独行為かも不明です。日本語では、次のような言及がありますが、「例えば」、「等」がつくとおり、デジタルカルテルの外延は明確でないと考えられます。

4.デジタルカルテルの出現

例えば、事業者が共通の価格決定アルゴリズムを使⽤すれば、市場データに基づいて価格調整が 可能となる。また、AIを⽤いて利益最⼤化アルゴリズムを組むことで黙⽰の共謀が可能。

出典:経産省事務局説明資料P4

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_04_00.pdf

 

OECD 事務局作成文書 「BIG DATA: BRINGING COMPETITION
POLICY TO THE DIGITAL ERA」(2016年 11 月)

(報告書では,同一の価格アルゴリズムを用いることで市場データに対応して同時に価格調整を行うようにすること等の「デジタルカルテル」の出現可能性についても言及しているが,本検討会では議論の対象としない。)

出典: 別紙3「ビッグデータに関する海外当局の事例と議論」P2

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data06.pdf

 

OECDの文書*1でも、「デジタルカルテル」は特に定義がされていません。ただ、デジタルカルテル関連で、以下の例示はありました(パラグラフ80)。

  1. リアルタイムデータの分析による明示のカルテルの遵守を監視する
  2. 同じ価格アルゴリズムを企業間で共有する
  3. 市場の透明性を向上させたり、行為の相互依存性を高める(例:価格下落に対する報復的値下げのプログラミング)ことによる暗黙の共謀を促進する
  4. 利潤を最大化する人工知能を利用し、その人工知能が暗黙の共謀を達成する 

また、OECD文書は、3と4について、将来的に競争当局にとって、少なくとも現行の競争法の枠組みを前提とすれば(at least using current antitrust tools)、価格を協調する意図を立証することは非常に困難となるだろう等と述べています。*2

 

おそらくこの部分が記事1における下記指摘の出典と思います。

経済協力開発機構OECD)はビッグデータに関する競争上の懸念を指摘した文書を昨年10月に公表。「自ら学習して他の機械と協調するAIが介在する場合は、企業間の価格調整の意図の立証が非常に困難」と現行法に問題提起した。

OECDの文書がやや不明確ではありますが、「意図」よりも「合意」の立証が困難という文脈ではないかと感じます。

 

 

 

(2)過去の公取委への相談事例

記事1は「競合企業同士に明確な合意がなくても、競争法上の問題が生じるかを検証した事例」として、以下に触れています。

エンサイドットコム証券が、日本国債を電子取引できる同社の売買インフラが独禁法上問題がないか、公正取引委員会に事前相談した例だ。

 同社は取引に参加する証券会社に対し、各社が機関投資家に提示する気配値(売買注文に応じる価格)を提供している。公取委はこの情報提供が証券会社間に国債の売買価格の目安を与え、各社間で売買価格に関する暗黙の了解や共通の意思形成がされるかどうかを検討。02年に「問題なし」との回答を公表した。

 

具体的には次の事例と考えられます。

国債取引に関する電子サイトを利用した私設取引システムについて:公正取引委員会

 

記事では触れられていないものの、この事例での判断では、対象市場での証券会社間の競争が活発であることが重要であったと考えられます。

(ウ) 以上からすれば,エンサイが,競争を活発に行っている証券会社に対して最良気配値をフィードバックすることは,国債の売買価格についての透明性を高め,証券会社間の競争を促進する効果をもたらし,直ちに独占禁止法上問題とはならないと考えられるが,一方で,最良気配値が,各社が次に気配値を配信する際の目安となる可能性を否定することはできない。

 

記事では、公取委が「暗黙の了解や共通の意思形成がされるかどうかを検討」し、そのおそれがないとして「問題なし」との判断をしたかのように見えますが、むしろ、「暗黙の了解や共通の意思形成」がなされないように、注意喚起しています。

 

ただし,エンサイが証券会社にリアルタイムで最良気配値をフィードバックすることについては,証券会社間に国債の売買価格についての共通の目安を与え,各社間で国債の売買価格に関する暗黙の了解又は共通の意思の形成につながる可能性があることを現時点で否定することはできない。仮に,今後,エンサイのサイトを利用して,証券会社間で国債の売買価格に関して情報交換を行うなど,暗黙の了解又は共通の意思が形成されれば,独占禁止法上問題となるので,このようなことがないよう十分留意する必要がある。

(3 結論 抜粋)

 

ほかにも、Uber関連の話題や欧州委ベステアー委員のスピーチにも言及したいのですが、長くなりそうなので、一度中断したいと思います。

Bundeskartellamt 18th Conference on Competition, Berlin, 16 March 2017 | European Commission

*1:

https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf

*2:パラグラフ81

The two last strategies may pose serious challenges to competition authorities in the future, as it may be very difficult, if not impossible, to prove an intention to coordinate prices, at least using current antitrust tools. Particularly in the case of artificial intelligence, there is no legal basis to attribute liability to a computer engineer for having programmed a machine that eventually ‘self-learned’ to coordinate prices with other machines.