競争政策研究所

将来の研究所を目指して、独禁法、競争法、競争政策関連の考察をしています。

巨人軍山口投手の処分と優越的地位の濫用

巨人軍の山口投手に対する処分について、(1)日本プロ野球選手会の主張と(2)それに対する巨人側の反論が報道されていました。

まずは引用いたします。

 

(1)日本プロ野球選手会の主張

また労働契約でない特殊な契約と考えたとしても、このような不当な契約解除を当然の前提として自主退団を迫り、総額数億円もの金銭的不利益を甘受するよう迫ることは、巨人軍が対象選手の今季の事業活動継続の可否を決定し得るという取引上優越した地位にあることに照らし、独占禁止法上不公正な取引方法として禁止される優越的地位の濫用に該当します。

http://jpbpa.net/up_pdf/1503910126-224420.pdf

 

 

(2)巨人側の反論

言うまでもなく、契約見直しは山口投手と当球団との話し合いにより双方合意の上で行われており、独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当しないのは明らかです。

巨人が山口処分書面公表!選手会の独禁法違反に反論 - 野球 : 日刊スポーツ

 

この論争では、優越的地位の濫用「らしさ」があらわれていたので、検討したいと思います。

 

まず選手会側は、「取引上優越した地位にあることに照らし」として、「不当な契約」などと論じるのみで、行為類型の詳細を論じたり「不当」の意味を説明していません。

しかし、優越的地位の濫用は、次のとおり説明されています。

優越的地位の濫用として問題となる行為とは,「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に」行われる,独占禁止法第2条第9項第5号イからハまでのいずれかに該当する行為である。

「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日 公正取引委員会。以下「ガイドライン」という。) http://www.jftc.go.jp/hourei.files/yuuetsutekichii.pdf

 

優越ガイドラインの構成からしても、(1)優越的地位を利用しての要件(ガイドライン 第2)、(2)「正常な商慣習に照らして不当に」の要件(同 第3)、(3)行為類型の要件(同 第4)と整理されます。

 

選手会側の主張では、各要件の該当性が具体的に説明されていません。特に、「不当」との文言は、独占禁止法上は、「公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断される」(ガイドライン第3)とされていますが、この点の説明がありません。

 

対して、選手会側は、山口投手と「合意」があることを根拠に、独占禁止法違反ではないと反論しています。

確かに、合意が存在する場合は、優越的地位の濫用の問題とはならないと考えられています(ガイドライン12頁など)。しかし、ガイドライン上、合意は次のとおり説明されています。

「合意」とは,当事者の実質的な意思が合致していることであって,取引の相手方との十分な協議の上に当該取引の相手方が納得して合意しているという趣旨である。(ガイドライン12頁)

したがって、単に合意があることのみならず、山口投手との協議の過程や山口投手の納得の度合いが説明されなければ、十分な反論とはならないと考えられます。

 

以上のとおり検討したものの、両当事者(その代理人)は上記の要素は認識した上で、主張・反論を公表しているものと考えられます。上記の論点は優越的地位地位の濫用の議論では非常にメジャーなものであり、ガイドラインにも明確に記載があるためです。

 

上記の論点を説明して、法的に独占禁止法上の要件該当性を論じるりも、選手会側としては、「優越的地位の濫用」という刺激的な言葉を利用して議論を盛り上げようとし、巨人軍側としては、一般的な「合意」という文言で議論を沈静化しようとしたものではないかと推測します。

酒類の廉売に関する公正取引の基準の公表(国税庁)

 

過去の記事では、パブリックコメント前に審議会に提出されたものでしたが、「酒類の廉売に関する公正取引の基準」が平成29年3月31日に公表されました。

酒類の公正な取引に関する基準を定める件|国税庁告示|国税庁

(参考)

酒類の公正な取引に関する基準の取扱いについて(法令解釈通達)|間接税関係 個別通達目次|国税庁

 

その案と、パブリックコメント後の基準との差異は確認できませんでした。*1

数字は漢数字となっていました。

 

内容面の検討事項については、過去の記事でおよそ尽きているのでパブリックコメントの意見に対する回答を中心に、注目点を指摘したいと思います。

 

(過去の記事) 

酒類の廉売に関する公正取引の基準案(国税庁) - 競争政策研究所

 

パブリックコメント結果)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=410280061&Mode=2

 

以下では「【別紙1】基準案に対する当庁の考え方」*2について、検討します。

 

(1)独禁法の不当廉売との差異

(意見)

既に公正取引委員会から不当廉売に対するガイドラインが示されていることから、今回の基準も同一であることが望ましい。

国税庁の考え方)

改正法においては、酒税の保全及び酒類の公正な取引の円滑な運行を図るため、独占禁止法とは別に酒類業者が遵守すべき基準の策定を求めているところ、両者が必ずしも同一である必要はないものと考えます。なお、基準の策定に当たっては、改正法において公正取引委員会との協議を行うこととされており、基準と独占禁止法との整合性について一定の配慮がなされているものと考えます。

 不当廉売規制と国税庁の新たな規制について、基準が同一でないことを示唆しています。影響も勘案しつつも、「正当な理由なく、酒類を当該酒類に係る売上原価の額と販売費及び一般管理費の額との合計額を下回る価格で継続して販売すること」を禁止している点で、独禁法との大きな差異が存在することから、両者は全く違ったものと考えられます。「基準と独占禁止法との整合性について一定の配慮」が具体的にどのようなものかは不明です。

 

(2)費用基準と影響基準

 

(意見)

販売価格が総販売原価を下回った場合には直ちに基準違反としてほしい。

国税庁の考え方)

酒類業者の健全な経営努力を阻害し、消費者利益を損なうことのないよう求める改正法の趣旨を踏まえれば、単に販売価格がいわゆる総販売原価を下回った場合にこれを基準違反の対象とすることは、酒類業者が過度に委縮することにより、消費者の利益を損なうおそれがあることから、基準案においては、酒類事業への影響についても考慮することとしております。

意見提出者は規制賛成の考えを持っているようですが、逆に回答では費用基準を満たすのみでは違反とならないことが、あらためて示されています。 

 

(3)影響の評価

(意見)

「相当程度の影響を及ぼすおそれ」とあるが、「おそれ」の判断は主観的にならざるを得ず、主観で取引に規制をかけることは、自由競争の原理に反する。

国税庁の考え方)

通達において、「相当程度の影響を及ぼすおそれ」の有無の判断は、廉売事業者の規模、廉売の態様、広告の状況等の客観的な事実を踏まえ、酒類業者の酒類事業に与える影響を判断する旨規定いたします。

また、法令解釈通達において、以下の通り示されています。

 

(5) 「自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある」かどうかについては、次の事項を総合的に考慮して判定するものとする。

イ 酒類の総販売原価割れ販売(以下「廉売」という。)を行っている酒類業者(以下この項において「廉売業者」という。)の酒類の公正取引に係る過去の改善指導の状況及びその後の具体的な改善状況等

ロ 廉売業者の酒類事業の規模(酒類の販売数量、売上高、販売地域におけるシェアなど)

(注)「酒類事業の規模」は、廉売業者の商圏に応じて、都道府県や市区町村又は税務署管轄区域などの単位で判断する。
ハ 廉売業者の廉売の態様(総販売原価割れの程度の大きさ、廉売の数量の多寡、廉売の期間の長さ、廉売の頻度、廉売の対象銘柄数の多寡、当該廉売業者における廉売対象酒類の通常の販売価格との価格差、廉売商品の特性など)

ニ 廉売商品を目玉商品(おとり商品)とした広告の展開状況(チラシや電子メール等による広告の配布・配信件数など)

ホ 廉売業者の酒類事業に対する廉売の影響(酒類事業又は廉売対象若しくはこれに類する酒類の売上高の減少や利益率の低下など)

へ 周辺の酒類業者の酒類事業に対する廉売の影響(周辺の酒類業者の酒類事業又は廉売対象若しくはこれに類する酒類の売上高の減少や利益率の低下、酒類の販売数量の減少、販売地域におけるシェアの低下、廉売業者の行った廉売に対抗するために周辺の酒類業者が行う廉売の状況など)
(注)「周辺の酒類業者」とは、廉売業者の商圏に応じて、都道府県や市区町村又は税務署管轄区域などの単位で域内の酒類業者(製造・卸・小売を問わない。)のうち、廉売の影響を受けていると考えられる酒類業者をいう。なお、必要に応じて、廉売業者の販売場の態様(都心型か郊外型か)、販売の態様(店頭販売のみか通信販売を行っているか又は業務用販売か家庭向け販売か)、チラシ広告の配布地域などを考慮して、廉売の影響を判断する。 

 

国税庁よって示された影響基準の考慮事項は、公取委の廉売の基準*3よりも書き込まれています。例えば、公取委は「周辺の酒類販売業者の状況」としか示していませんが、上記通達では「周辺の酒類業者の酒類事業に対する廉売の影響」として、廉売と影響との因果関係を考慮するとしています。具体的に、廉売によって「売上高の減少」、「利益

率の低下」といったことを「廉売の影響」として示すことは、非常に精緻な分析が必要と考えられます。季節要因、需要の低下、企業努力の不足等の影響を取り除き、「廉売の影響」による売上高の減少等がどの程度かを示すことは容易ではないと考えられます。

逆に言えば、独禁法の場合は「仕入れ原価未満」の価格での販売であるため、通常は合理的ではないのですが、新たな規制は「総販売原価未満、仕入原価以上」の価格という、一定の合理性のある価格であるため、影響基準をより慎重に検討する必要があるとの意味と考えられます。

 

かかる分析方法が確立した場合、独禁法の世界に逆輸入されることがあってもよいのではないでしょうか。

*1:パブリックコメント結果のページでも、「提出意見を踏まえた案の修正の有無」は「無」となっています。

*2:http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000157112 

*3:

http://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/futorenbai_sake.html

長崎県での債権譲渡に対する報道

「株式会社ふくおかフィナンシャルグループと株式会社十八銀行の経営統合」は昨年7月から公取委の二次審査となっています。

http://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/index.files/160708.pdf

 

この企業結合については、問題解消措置として債権譲渡が検討されているようです。その債権譲渡について、譲渡先となる可能性がある「佐賀銀行」のコメント、より正確には佐賀銀行のコメントに対する報道、が興味深かったため紹介します。

 

佐賀銀行陣内芳博頭取が、債権譲渡の打診があった場合、個々の債権について個別に判断したいとの旨のコメントを発したようです。

そのコメントに対する評価が、佐賀新聞は「慎重」と報じ、産経新聞は「前向きな姿勢」と報じています。毎日新聞は事実を中心に伝えています。

 

佐賀新聞産経新聞の報道のトーンの相違は何に由来しているのか、興味深いところです。

 

www.saga-s.co.jp

 

www.sankei.com

 

https://mainichi.jp/articles/20170623/ddp/008/020/013000c

 

 

これまでの長崎県の銀行の企業結合に関連する記事は次のとおりです。

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

 

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

 

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

アマゾンのMFN条項に関する処理

アマゾンジャパン合同会社に対する独占禁止法違反被疑事件に対する公取委の処理として、自発的な措置を前提とした審査の終了が公表されました。

 

(平成29年6月1日)アマゾンジャパン合同会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について:公正取引委員会

 

本件については、立入検査時に触れましたが、処理結果が興味深かったので、検討したいと思います。

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

 

(1)形式

今回の事件処理は「アマゾンジャパン合同会社から,自発的な措置を速やかに講じるとの申出がなされ,その内容を検討したところ,上記の疑いを解消するものと認められたことから,本件審査を終了する」と記載されています。自発的な措置といった点や違反行為の有無を判断しなかった点からすると、確約手続*1に類似した処理と考えられます。

近年、違反行為が確認されなかった事例*2や違反行為は認められたものの措置の必要性が認められなかった事例*3はあったものの、違反行為の有無を明らかにしないまま、自発的な措置により違反行為の「疑い」を解消するとして、事件処理をした例は機械的な検索では確認できませんでした。

 

やや古い例では、「乗合バス事業者に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」(平成17年2月3日)*4において、「自主的に(中略)改善を図ったことから,審査を終了することとした。」とあります。これと本件の文言を比べてると、本件が確約を意識している様子がうかがえます。

 

(2)市場シェア

「我が国における主な電子商店街としては,Amazonマーケットプレイスのほか,楽天市場Yahoo!ショッピング等が存在する。」として、「電子商店街の市場」が記載されていますが、シェアに関する記載(定量的・定性的)がありません。

不公正な取引方法(競争減殺型)の排除措置命令では市場シェア関連の情報が基本的には記載されていることと比べると、異質に感じられます。

 

以下の情報はありましたが、「電子商店街」市場のシェア(インターネットでの直接販売を含まないシェア)は明らかではありません。

富士経済の調査によると「Amazon.co.jp」のほか、「楽天市場」(楽天)、「Yahoo!ショッピング」(ヤフー)など、国内の主要な五つの電子商店街の15年の流通金額は計3兆5700億円でネット通販市場の半数以上を占める。

https://mainichi.jp/articles/20170602/k00/00m/040/062000c

もちろん、電子商店街市場として競争への影響をとらえるべきなのか、直接販売等を含めて市場を観念すべきなのかは議論があろうかと思います。 

 

印象としては、アマゾンの電子商店街市場でのシェアがそれほど高くなかったため、敢えて記載をしなかった可能性が考えられます。

白石教授が競争への影響部分の記載にアマゾンといった固有名詞が言及されず、一般論となっていることを指摘しています。

 

 一般論となっている理由は、アマゾンのシェアが低く、アマゾンを主語にできなかったという可能性もあるかと思います。

 

(3)競争への影響

競争への影響としては、下記が記載されています。

電子商店街の運営事業者が出品者に価格等の同等性条件及び品揃えの同等性条件(別紙参照)を課す場合には,例えば次のような効果が生じることにより,競争に影響を与えることが懸念される。
 [1] 出品者による他の販売経路における商品の価格の引下げや品揃えの拡大を制限するなど,出品者の事業活動を制限する効果
 [2] 当該電子商店街による競争上の努力を要することなく,当該電子商店街に出品される商品の価格を最も安くし,品揃えを最も豊富にするなど,電子商店街の運営事業者間の競争を歪める効果
 [3] 電子商店街の運営事業者による出品者向け手数料の引下げが,出品者による商品の価格の引下げや品揃えの拡大につながらなくなるなど,電子商店街の運営事業者のイノベーション意欲や新規参入を阻害する効果

 

[3] については、一般的なMFN条項の競争制限効果と感じられます。

[2] については、[3]との違いが不明確であるほか、電子商店街の運営事業にとって低コストで、出品者の商品の価格低下・品揃えの拡大ができるのであれば、事業者の効率化に資する競争促進効果とも考えられ、「懸念」と言い切れないように思えます。

[1] については、出品者が「被害者」のようになり、一見、公正競争阻害性として、競争減殺ではなく、競争手段の不公正さを問題にしているようにも感じられました。*5また、MFN条項は出品者の価格引下げや品揃えの拡大を直接的に制限しているのではないため、[3]と同様に出品者の「意欲」に影響すると整理することや、更に踏み込んで出品者間で価格維持等の協調的行動を促しやすいことを認定すべきではなかったでしょうか。そこまでは認定できなかったということでしょうか。

 

 

(4)ITタスクフォース

公正取引委員会は,IT・デジタル関連分野における独占禁止法違反被疑行為に係る情報に接した場合には,「ITタスクフォース」において効率的に調査を行うこととしている。

とあるとおり、すでに「ITタスクフォース」が存在していた模様です。しかし、「ITタスクフォース」の設置自体の公表は確認できませんでした。ただし、平成13年には既に「IT・公益事業タスクフォース」が存在していたようです(現在の改廃は不明。)。*6

 

 

今後のブログの予定(不定期更新となります。)

これまで、一年間、毎週一回の更新を基本としてブログを継続してきました。この一年間で一段落とし、今後は不定期更新としたいと考えております。

 

ご覧いただきありがとうございました。

 

事実誤認や論理の誤り、ご質問、ご要望等がありましたら、japan.competition.policy (アットマーク)gmail.com までご連絡ください。

 

(論文紹介)プラットフォーム産業における市場画定

RIETI にて川濵 昇教授、武田 邦宣教授の論文が公表されていました。

 

www.rieti.go.jp

 

プラットフォームの市場画定に関連して、無料市場、データ市場、イノベーション市場を含めて、現状の議論が紹介されています。

内容は消化しきれていませんが、簡潔に整理されている論文のように感じました。追って検討してみたいと思います。

 

ただし、プライバシーの議論も含めて、欧州委のMicrosoft/LinkedIn事件は触れられていないように思われます。

(EU)MicrosoftによるLinkedIn買収の条件付き承認 - 競争政策研究所

 

 

ところで、今更ですが、Microsoft/LinkedIn事件は決定も公表されており、今後検討したいと思います。

http://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m8124_1349_5.pdf

 

 

ガソリン適正取引慣行ガイドライン(経済産業省)

2017年3月下旬、経済産業省が下記を公表しました。

「ガソリン適正取引慣行ガイドライン」を策定しました(METI/経済産業省)

 

次の記載はあるものの、「ガイドライン」でありながら、経済産業省の所管法令に関する判断基準を示しているものではなく、具体的な法令上の処分等との関連があって作成したものでは無いと考えられます。

経済産業省は、石油製品の需要減少、元売の経営統合等環境変化にかかわらず取引の安定を確保していくため、一層適正な取引慣行を実現することが重要であることから、今般、「ガソリン適正取引慣行ガイドライン」を策定しました。

(発表文より)

 

ガソリン適正取引慣行ガイドライン(以下「経産省GL」)では、なぜか独占禁止法に関する記載が見られます。今回の記事で、それぞれの根拠について検証したいと思います。

 

(1)優越的地位

このような元売と系列SSの間の取引関係については、系列SSは、系列取引関係にある元売に関連する投資を既に行っており、他の元売への取引先変更は容易でないと認められ、事業経営上大きな支障をもたらすことが多いことから、一般に、元売は系列SSに 対して優越的な地位にあるといえる。

 (経産省GLのP2)

 

公取委関連文書では、次の記載が確認できました。以下公取委の文書は青字とします。

系列特約店は,特定の元売と取引するに際し,その元売に関連する投資を行っているなど,取引先を他の元売等に変更することが事業経営上大きな支障をもたらすことが多い。したがって,一般に,元売は,系列特約店に対して優越的な地位にある。

出典:ガソリン等の流通における不当廉売,差別対価等への対応について:公正取引委員会 第3

 

エ 元売と系列特約店との関係
 系列特約店は,特定の元売にガソリンの供給を依存している。元売は,資本金の額が1000億円を超える者を含む大規模な事業者である一方で,系列特約店(特に一般特約店)の多くは運営するSS数が1~3箇所の小規模特約店であるとみられる。

 また,系列特約店が取引先である元売を変更した場合には元売が発行しているクレジットカードの顧客が失われる懸念があること,ブランドを変更すると信用力・集客力が低下する懸念があること,系列特約店は特定の元売と取引するに際し当該元売に関連する投資を行っていること等を考え合わせると,系列特約店にとっては,取引先を他の元売等に変更することが事業経営上大きな支障をもたらすことが多い。したがって,一般的にみると,元売は,系列特約店に対して優越的な地位にあるものと考えられる。

出典:(平成28年4月28日)ガソリンの取引に関するフォローアップ調査について:公正取引委員会 報告書P37ー38

 

経産省GLの記載は、「ガソリン等の流通における不当廉売,差別対価等への対応について」(以下「公取委GL」)をなぞったものとなっています。しかし、「優越的地位」は独占禁止法上禁止されている「優越的地位濫用」の一要件であるものの、それのみで法令上の意味を持つ訳ではないため、経済産業省ガイドラインの記載に独立して記載されることには違和感があります。

 

(2)優越的地位の濫用 

(問題となるおそれがある想定例)

系列SSに対して優越的な地位にある元売が卸売価格を一方的に決定するなどにより、正常な商慣習に照らして不当に、系列SSに不利益となるような取引の条件を設定することは独占禁止法上問題となる(優越的地位の濫用)。

経産省GLのP4)

 

系列特約店に対して優越的な地位(注2)にある元売が系列特約店に対する卸売価格を一方的に決定するなどにより,正常な商慣習に照らして不当に,系列特約店に不利益となるように取引の条件を設定すること(独占禁止法第2条第9項第5号) 

出典:ガソリン等の流通における不当廉売,差別対価等への対応について:公正取引委員会 第3

 

この経産省GLの記載は、問題となる「おそれ」ではなく、「問題となる」とあるため、表現が強いように感じられましたが、公取委の文章をほとんどそのまま使用しています。

 

(3)差別対価等

(イ)関係法令等に関する留意点

 有力な事業者が同一の商品について、取引価格やその他の取引条件等について、合理的な理由なく差別的な取扱いをし、差別を受ける相手方の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすことにより公正な競争秩序に悪影響を与える場合には、独占禁止法上問題となる。

(問題となるおそれがある想定例)

 系列SSの仕切価格について、個別の値引き交渉により、特定の系列SSを競争上著しく有利又は不利にさせるなど、合理的な理由なく差別的な取扱いをし、一般SSの競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすことにより公正な競争秩序に悪影響を与える場合には、独占禁止法上問題(差別対価等)となる。

 (経産省GLのP6)

 

有力な事業者が同一の商品について,取引価格やその他の取引条件等について,合理的な理由なく差別的な取扱いをし,差別を受ける相手方の競争機能に直接かつ重大な影響を及ぼすことにより公正な競争秩序に悪影響を与える場合にも,独占禁止法上問題となる。

出典:ガソリン等の流通における不当廉売,差別対価等への対応について:公正取引委員会 第2の1(2)

 

系列特約店の仕切価格について, 個別の値引き交渉により,特定の系列特約店を競争上著しく有利又は不利にさせるなど,合理的な理由なく差別的な取扱いをし,一般特約店の競争機能に直接かつ重大な 影響を及ぼすことにより公正な競争秩序に悪影響を与える場合には,独占禁止法上問題(差別対価等)となることに留意する必要がある。

 出典:(平成28年4月28日)ガソリンの取引に関するフォローアップ調査について:公正取引委員会 報告書P39ー40

 

こちらの経産省GLの記載も、公取委の文章をほとんどそのまま使用しています。

 

(4)その他(他の行政機関との関係)

経産省GLには独占禁止法以外に、景品表示法に関しても記載があります。

事業者の努力によって良質・廉価な商品・サービスを提供して顧客を獲得する競争は公正な競争環境の確保にとって不可欠であるが、独占禁止法上の不当廉売や不当景品類及び不当表示防止法上の有利誤認に該当する行為に対しては厳正な対処が行われるべきである。

経産省GLのP8)

 しかし、「経済産業省の対応」(経産省GLのP9)として、「経済産業省としては、(中略)公正取引委員会に対して、独占禁止法に違反する疑いのある事実に接した場合には、密接な情報提供を行うことにより、厳正な対処を求めていく」とはありますが、景品表示法違反の疑いのある行為について、消費者庁に対する対応は明記されていません。

 

 

(参考)

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

 

 

 

長崎県での金融庁説明会

実施から1ヶ月以上経過してしまいましたが、金融庁が2017年3月8日に長崎県での説明会を開催したとされています。公式の記録は確認できていませんが、一定の記事が存在します。

www.kinzai.jp

www.nikkei.com

 

(1)開催目的

説明会の開催目的は、

  • 「市場が寡占化して貸出金利が高止まりする」といった地元の不安を解消

に加えて、

が推測されています(上記「きんざい」記事より)。

 

(2)金融庁による経営統合推進

上記2記事によると、

については誤解と述べられたようです。

 

この「誤解」に関して下記の論文を連想しました。

長崎県における地域銀行の経営統合効果について」 (大庫 直樹、中村 陽二、吉野 直行 2017年1月)

http://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2016/06.pdf

 

同論文では、ふくおかフィナンシャルグループ十八銀行の経営統合について、銀行の費用削減、貸出金利の低下などの「事実が検証されるなか、十八銀行親和銀行の合併を促さない事由は何であろうか。」 と結論として述べています。

公取委が経営統合を「認めない事由」でなく、「促さない事由」となっており、経営統合を促すような積極的な関与を暗に提言しています。

この「促す」主体は明示されていませんが、公取委が促すことは無いと考えられ、金融庁又は政府全体と考えられます。

このような論文からも、金融庁長崎県の地銀の経営統合を積極的に推進しているとの見方は整合的に感じられます。

 

(3)金利に対する金融庁の関与

金融庁

  • 寡占化による貸出金利の上昇シナリオは、「検査・監督を通じたモニタリングによって解消可能」(幹部)という考え方

を有しているとのことです(上記「きんざい」記事より)。

 

具体的に想定される手段、その手段の効果は定かではなく、貸出金利上昇を「解消」できるのかも不明です。しかし、競争政策の観点からは、価格に対する行政機関の関与は原則として、否定的に解されています。*1

 

 

以下の記事もご覧ください。

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

japancompetitionpolicy.hatenablog.com

*1:例えば、

行政指導に関する独占禁止法上の考え方:公正取引委員会

公正かつ自由な競争を維持・促進するためには、商品又は役務の価格設定が事業者の自主的な判断に委ねられる必要があり、行政機関は、法令に具体的な規定がない価格に関する行政指導により公正かつ自由な競争が制限され、又は阻害されることのないよう十分留意する必要がある。

「デジタルカルテル」の定義など(2017.4.2日経記事より)

日経新聞に「デジタルカルテル」についての記事が取り上げられました。

ニュースが少ない日曜日とはいえ、一定の紙面をさいて、また電子版ではインタビューも掲載されていました。

AIが価格調整 デジタルカルテル、法的責任だれに :日本経済新聞 (記事1)

「暗黙の了解」成立するか 現行法で対処難しく :日本経済新聞 (記事2)

AI時代の競争ルール「過度の萎縮不要」 弁護士に聞く :日本経済新聞 (記事3)

 

これらの記事については既に批判的な指摘があります。

日経朝刊「デジタルカルテルの挑戦状」という記事について: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。

 

植村弁護士の指摘に一定程度同意できる部分はあり、記事自体は焦点が定まっていないきらいもありますが、問題提起としては意欲的な取り組みだと感じました。

まだ記事の内容や「デジタルカルテル」自体を消化できていないのですが、ソースを確認しつつ、第一歩としての考察をしたいと思います。

 

(1)デジタルカルテルの定義

記事1では

価格決定アルゴリズムを使い事業者が利益の最大化を図る「デジタルカルテル

として定義しています。

しかしこれでは、共同行為か単独行為かも不明です。日本語では、次のような言及がありますが、「例えば」、「等」がつくとおり、デジタルカルテルの外延は明確でないと考えられます。

4.デジタルカルテルの出現

例えば、事業者が共通の価格決定アルゴリズムを使⽤すれば、市場データに基づいて価格調整が 可能となる。また、AIを⽤いて利益最⼤化アルゴリズムを組むことで黙⽰の共謀が可能。

出典:経産省事務局説明資料P4

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_04_00.pdf

 

OECD 事務局作成文書 「BIG DATA: BRINGING COMPETITION
POLICY TO THE DIGITAL ERA」(2016年 11 月)

(報告書では,同一の価格アルゴリズムを用いることで市場データに対応して同時に価格調整を行うようにすること等の「デジタルカルテル」の出現可能性についても言及しているが,本検討会では議論の対象としない。)

出典: 別紙3「ビッグデータに関する海外当局の事例と議論」P2

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data06.pdf

 

OECDの文書*1でも、「デジタルカルテル」は特に定義がされていません。ただ、デジタルカルテル関連で、以下の例示はありました(パラグラフ80)。

  1. リアルタイムデータの分析による明示のカルテルの遵守を監視する
  2. 同じ価格アルゴリズムを企業間で共有する
  3. 市場の透明性を向上させたり、行為の相互依存性を高める(例:価格下落に対する報復的値下げのプログラミング)ことによる暗黙の共謀を促進する
  4. 利潤を最大化する人工知能を利用し、その人工知能が暗黙の共謀を達成する 

また、OECD文書は、3と4について、将来的に競争当局にとって、少なくとも現行の競争法の枠組みを前提とすれば(at least using current antitrust tools)、価格を協調する意図を立証することは非常に困難となるだろう等と述べています。*2

 

おそらくこの部分が記事1における下記指摘の出典と思います。

経済協力開発機構OECD)はビッグデータに関する競争上の懸念を指摘した文書を昨年10月に公表。「自ら学習して他の機械と協調するAIが介在する場合は、企業間の価格調整の意図の立証が非常に困難」と現行法に問題提起した。

OECDの文書がやや不明確ではありますが、「意図」よりも「合意」の立証が困難という文脈ではないかと感じます。

 

 

 

(2)過去の公取委への相談事例

記事1は「競合企業同士に明確な合意がなくても、競争法上の問題が生じるかを検証した事例」として、以下に触れています。

エンサイドットコム証券が、日本国債を電子取引できる同社の売買インフラが独禁法上問題がないか、公正取引委員会に事前相談した例だ。

 同社は取引に参加する証券会社に対し、各社が機関投資家に提示する気配値(売買注文に応じる価格)を提供している。公取委はこの情報提供が証券会社間に国債の売買価格の目安を与え、各社間で売買価格に関する暗黙の了解や共通の意思形成がされるかどうかを検討。02年に「問題なし」との回答を公表した。

 

具体的には次の事例と考えられます。

国債取引に関する電子サイトを利用した私設取引システムについて:公正取引委員会

 

記事では触れられていないものの、この事例での判断では、対象市場での証券会社間の競争が活発であることが重要であったと考えられます。

(ウ) 以上からすれば,エンサイが,競争を活発に行っている証券会社に対して最良気配値をフィードバックすることは,国債の売買価格についての透明性を高め,証券会社間の競争を促進する効果をもたらし,直ちに独占禁止法上問題とはならないと考えられるが,一方で,最良気配値が,各社が次に気配値を配信する際の目安となる可能性を否定することはできない。

 

記事では、公取委が「暗黙の了解や共通の意思形成がされるかどうかを検討」し、そのおそれがないとして「問題なし」との判断をしたかのように見えますが、むしろ、「暗黙の了解や共通の意思形成」がなされないように、注意喚起しています。

 

ただし,エンサイが証券会社にリアルタイムで最良気配値をフィードバックすることについては,証券会社間に国債の売買価格についての共通の目安を与え,各社間で国債の売買価格に関する暗黙の了解又は共通の意思の形成につながる可能性があることを現時点で否定することはできない。仮に,今後,エンサイのサイトを利用して,証券会社間で国債の売買価格に関して情報交換を行うなど,暗黙の了解又は共通の意思が形成されれば,独占禁止法上問題となるので,このようなことがないよう十分留意する必要がある。

(3 結論 抜粋)

 

ほかにも、Uber関連の話題や欧州委ベステアー委員のスピーチにも言及したいのですが、長くなりそうなので、一度中断したいと思います。

Bundeskartellamt 18th Conference on Competition, Berlin, 16 March 2017 | European Commission

*1:

https://one.oecd.org/document/DAF/COMP(2016)14/en/pdf

*2:パラグラフ81

The two last strategies may pose serious challenges to competition authorities in the future, as it may be very difficult, if not impossible, to prove an intention to coordinate prices, at least using current antitrust tools. Particularly in the case of artificial intelligence, there is no legal basis to attribute liability to a computer engineer for having programmed a machine that eventually ‘self-learned’ to coordinate prices with other machines.

日経経済教室:新時代の競争政策(上)大橋弘東大教授

2017年3月22日と23日に連続して、日本経済新聞の経済教室欄に「新時代の競争政策」と題して、大橋教授と杉本公取委委員長の主張が掲載されていました。

新時代の競争政策(上)IT世界の寡占化 課題に データ囲い込み 対応急務 大橋弘・東京大学教授 :日本経済新聞

 

新時代の競争政策(下)経済成長・格差是正に寄与 デジタル化への対応重要 杉本和行・公正取引委員会委員長 :日本経済新聞

 

今回は大橋弘東京大学教授の記事について、考察したいと思います。

 

大橋教授は、独禁法とも関係の深い産業組織論を専門とする方であり、かつ、経済産業省の競争政策関連の研究会で座長を務めています。*1

 

大橋教授の主張としては、日本では人口減少と第四次産業革命という2つの課題を踏まえた競争政策が必要であり、前者への対応としては競争当局と他府省との連携、後者への対応としてはデータ関連の事件の摘発のために競争当局の体制・専門性の確立が必要とのものです。

 

全般的には興味深い主張と感じました。しかし、数点の疑問があります。

 

(1)人口減少

まず、下記の表を基礎に次のとおり述べています。

鉄鋼に関して直近10年間の財務データを分析すると、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)でみた寡占度は世界的な減少傾向とは対照的に、わが国では高まっている(表参照)。今後の詳細な分析は不可欠だが、国内の業界再編は、急激な人口減少に直面するわが国に特有の現象であることが分かる。

 

 

 

f:id:japancompetitionpolicy:20170325234504j:plain

「今後の詳細な分析は不可欠」との留保をしつつ、 この表の鉄鋼部分から、「国内の業界再編は、急激な人口減少に直面するわが国に特有の現象」と主張しています。

しかし、

(1)米国、英国、韓国等の国との比較がないため、日本特有の現象かどうか不明

(2)人口現象と業界再編との関係性が不明

(3)鉄鋼のみのデータで日本全体に一般化してよいか疑問

(4)世界全体では、2006年から2015年の間に中国、インド等の新興国の急速な発展があり、その影響に触れられていない

といった点が気になりました。

データソースは検証できませんでしたが、世界全体の寡占度(HHI)があまりにも低く、「鉄鋼業」の実際の範囲が気になりました。世界全体のHHIが120では、シェアが最大の企業でも11%未満*2となり、相当広範囲の企業を含めているように感じます。

 

人口減少部分は「業界再編」つまり、企業結合を念頭に記載されています。

「他府省と連携」という言及からしても、明示的に触れられていませんが地方銀行の企業結合を視野に主張がなされているように感じました。

 

また、「競争制限効果が強く働けば、需要家がその地域から離れる可能性がある点にも留意が必要だ。」との点にも疑問があります。理論的可能性はあるにせよ、需要者が実際に安価な財・サービスをもとめて移動するとのイメージは持ちにくいです。銀行に即して言えば、企業が低金利を求めて長崎から福岡などに移動するでしょうか。

仮に移動が大きく起きるとすれば、人口減少地域から都市部に企業や人が移り、東京等への集中が加速すると考えられます。そのような結果自体は当然の帰結かと思いますが、地方創生との政府の方向とは異なるおそれがあります。

 

(2)第四次産業革命

後半部分に大きな違和感はありません。

ただし、「わが国のものづくりの最先端技術」、「わが国のものづくりの優位性」がビッグデータの活用、第四次産業革命によって失われるおそれがあるとの主張については、説得的ではないように感じました。この場合の「わが国」の「ものづくり」が何を指すかは明確ではありませんが、製造工場自体は海外に移転し、製品の設計や企画を含めた企業全体でも東芝やシャープといった企業が苦戦しています。日本において、「ものづくり」に優位性が存在し、それがどの程度経済全体に大きく影響していることは、もはや自明ではないように感じられます。

 

*1:

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_02_00.pdf

http://www.meti.go.jp/press/2016/09/20160915001/20160915001-1.pdf

*2: シェア1位が11%で他はごく小さいとしても、11%の二乗で121となり、120を超えることになる。

HHIについては、下記を参照しました。

用語の解説:公正取引委員会

新潟県の地銀が経営統合との報道

3週間連続で銀行関連の記事となってしまいました。

 

新潟県で最大手の第四銀行と二番手の北越銀行が経営統合するとの報道がありました。

地銀再編、次は新潟で第四・北越が経営統合へ | 週刊ダイヤモンドSCOOP | ダイヤモンド・オンライン

 

両行とも、経営統合は決定していないものの、検討自体は認めています。*1

 

両行の県内の貸出市場の合計シェアは約50%とされています。*2

一部報道によれば、シェアは69%に達するとありました。*3しかし、その報道でのシェアのソース*4を見ると、「新潟県内の地銀から信組までの23金融機関の貸出金合計」を分母にとっており、都市銀行政府系金融機関の数値を捨象しているため、シェアが上振れしていると考えられます。

また、「シェア69%」については、両行の県外向け融資残高も含まれているので、県内のシェアとしては、やはり50%程度のとの報道もありました。*5ただし、この推計に基づけば、両行の融資残高の相当程度が県外向けでなければ辻褄が合いません。両行は他の県内金融機関に比べて、県外向け融資の割合が高いようには思えますが、それだけでシェアが2割も変わることについては疑問があります。

 

このシェア50%という数字は、長崎の銀行経営統合後では60%以上とされているのに比べると、低く感じられます。

*6

しかし、もちろんシェア50%とは非常に高い数字ですので、上述の報道でも指摘があるように、公取委の審査が注目されます。

 

ところで、今回の調査の過程で、3月8日の長崎県での説明会について、ある程度内容の分かる記事を見ました。

www.kinzai.jp

さらに地銀の話題が続きますが、来週は上記の記事について取り上げたいと考えています。

 

長崎県の銀行の企業結合:金融庁の説明会と官房長官コメント

前回の記事と関連する内容です。

長崎県の銀行の企業結合についての記事と論文 - 競争政策研究所

 

公取委で二次審査中の「株式会社ふくおかフィナンシャルグループと株式会社十八銀行の経営統合」*1に関連して、十八銀行の基盤である長崎県で、金融庁が企業向けの説明会を開催したとされています。また、報道では、金融庁が「指針」を示すとされています。

 

地銀再編で異例の指針 金融庁「顧客の視点重視を」 統合効果、地域に還元 :日本経済新聞

しかし、この「指針」がいわゆる「ガイドライン」として、法令解釈に関連して文書で金融庁の考え方を示すものであるのか、説明会で口頭で示された内容を指すのかは分かりません。なお、現時点で、説明会や「指針」の内容について具体的には確認できていません。

 

この説明会に関連して、3月8日午後の菅義偉官房長官記者会見で、発言があったようです

官房長官、地銀統合「地域の活性化につながることを期待」 :日本経済新聞

 

前置きが長くなりましたが、今回はこの官房長官記者会見について、考察したいと思います。

平成29年3月8日(水)午後 | 平成29年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

(該当部分の質疑は11:20ころから)

 

まず、内容全体を文字に起こししました。

(記者)共同通信のAです。話題変わりまして地方銀行の関係でお尋ねします。金融庁は、本日、ふくおかフィナンシャルグループと経営統合で合意している十八銀行の地元長崎で、企業向けに異例の説明会を開きましたが狙いをお願いします。


官房長官)まずですね、ふくおかフィナンシャルグループ十八銀行が経営統合を公表していますが、現在公取で審査が行われている途中だそうでありますのでコメントを控えたいと思います。
 いま指摘されました説明会ですけれども、地元企業の方から色々な不安が出てくるとか色々な問題がありましたので、金融庁の地域金融に対する考え方など、そうしたことを長崎県の皆様に対して説明をしたということであります。

(記者 上記と同一かどうかは不明)いま長官がおっしゃりましたように、(経営統合は)公取委で審査が行われているわけですが、二社の統合が実現すれば、県内の貸出金シェアの二社の(統合後の銀行の)割合が高くなって金利が高止まりしてしまうのではないかと懸念があるのですけど、こうした懸念自体、長官はどうお考えでしょうか

官房長官)説明会ではそうした地元の不安があったので、まだ審査中でありますけれども、地域金融に対しての金融庁としての考え方を示して安心をしていただいたということではなかったでしょうか。私(の個人的見解)ということではありますけれども、政府として、やはり地域の金融機関がですね、経営統合あるいは再編するということはですね、まず自主的な判断ではありますけれども、一般論で申し上げれば、地域の金融機能が更に円滑に発揮されて地域の活性化につながることをこれは期待したいと思います。

 

 

 映像では、官房長官は一定の頻度で手元に視線を落としており、回答のスクリプトがあることがうかがわれます。回答の内容も、経営統合自体の見解を問われていないにもかかわらず、公取委にて審査中であり、個別の事案にはコメントしない旨をまず述べています。この構造は、麻生金融担当大臣の過去の会見とも類似しています。*2

この部分は、公取委の個別の事案審査について、意見を述べるものではないことを強調する趣旨と考えられます。「公正取引委員会の委員長及び委員は、独立してその職権を行う。」(独占禁止法第二十八条)ことになっているからです。

 

 

記者の2回目の問に対して、敢えて「地域の金融機能が更に円滑に発揮されて地域の活性化につながる」との一般的見解を答えています。貸出金利の高止まりへの懸念についての質質問への回答として、この部分は必要不可欠ではなく、敢えて一歩踏み込んだ発言をした、あるいはスクリプトに踏み込んだ発言が記載されていたのではないかと推測します。

 

この点について、政府として推進する「地方創生」のために、地銀再編による金融仲介機能の改善が必要となると指摘する記事もありました。

金融庁が説明会、健全な地銀再編後押し(1/2ページ) - 産経ニュース

官房長官の発言は、政府として地銀の経営統合全体を後押しする方針を示唆している可能性もあります。

 

 (2017年4月9日 誤ったアイキャッチ画像を削除)

*1:

http://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/index.files/160708.pdf

*2:

麻生副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要:金融庁

 

問)

福岡フィナンシャルグループと十八銀行の経営統合が公取の審査が長引いている関係で段取りがそれぞれ半年延期になった、これが1月にアナウンスされたことは御承知のとおりです。今の現状について、金融担当大臣としてどのように御認識されているかというのが1点と、金融庁が3月8日に地元長崎で地域金融に関する説明会の開催を予定しております。統合に関する地元理解が深まる可能性があるというふうにも考えますけれども、この開催の意義、狙いについて御見解をお聞かせください。

答)

最初の方の話は個別案件に関わる話ですから、これにコメントすることは差し控えたいと思いますが、一般論で言えば、経営の統合とか再編は、金融機関が自主的な経営判断をされるのが当たり前なのだと思います。しかし各地では、人口減少は結構進んでいますから増えるところと減るところと人口の差がついてきます。九州の中を見ても人口の差がついてきますので、うまく金融機関の健全性が維持されるようにしておかないといけないところだとは思ってはいます。説明会は、その地域の金融行政について、各地でいろいろやりますが、金融庁の取組み等について長崎県の皆様に対していろいろ説明をするというものです。

 

長崎県の銀行の企業結合についての記事と論文

2017年2月20日に、長崎県の銀行の企業結合の記事が日経新聞に掲載されていました。

(エコノフォーカス)寡占巡り論争 ふくおかFGと十八銀統合計画 :日本経済新聞

 

公取委ら当事者の考え方を理論的裏付けを交えながら解説する記事であり、意欲的な取組みと感じました。記事で紹介されていたレポートを読み解こうとしましたが、難解であり、納得のいくブログ記事を書けるには至っていませんが、中間的にまとめてみました。

 

具体的な争点となっている事案は

「株式会社ふくおかフィナンシャルグループと株式会社十八銀行の経営統合」であり、昨年7月から公取委の二次審査となっています。

http://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/index.files/160708.pdf

 

本件をめぐっては、経営統合により効率化効果があるとする金融庁側の意見として、金融庁金融研究センターのディスカッションペーパーが取り上げられています。

長崎県における地域銀行の経営統合効果について」 (大庫 直樹、中村 陽二、吉野 直行 2017年1月)

http://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2016/06.pdf

(以下「長崎論文」)

 寡占による競争の後退を懸念する公取委側の根拠の一つとして、「15年に日銀金融機構局がまとめたリポート」が紹介されていましたが、レポートそのものは検索することができませんでした。このため、それぞれのソースに依拠して論じることはできませんでした。

 

(1)記事のグラフ

日経記事での銀行・金融庁側と公取委側の主張が、以下のグラフが端的に表しています。

f:id:japancompetitionpolicy:20170304222232p:plain

 出典:

(エコノフォーカス)寡占巡り論争 ふくおかFGと十八銀統合計画 :日本経済新聞 ただし、赤色の丸は引用者によるもの。

 

銀行・金融庁側は貸出残高が増加するほど、経費削減の傾向があり、「貸出金利」が「低下」するというものです。

公取委は地域内の寡占度合いが高いほど貸出金利が上昇する傾向にあるというものです。

このグラフを見ると、なぜ赤色の丸の「貸出金利低下」となる根拠がわかりませんでした。むしろ、両グラフによれば、経営統合により費用は削減される(上のグラフ)が貸出金利は上昇し(下のグラフ)、統合後の銀行のみが利潤を高めるとの論理となるように思われます。

 

(2)長崎論文での費用と金利の関係

上の疑問を持ちつつ、長崎論文 を見ると、費用の低下と貸出金利の関係は明確に記載がありました。

ただし、貸出金利を低廉に抑えるコスト構造になるだけであり、実際に規模 が拡大すると貸出金利が低下するかどうかは、さらに深い検証が必要になる。 それについて、一定の見解を示しているのが、平賀一希・真鍋雅史・吉野直行 による「地域金融市場では、寡占度が高まると貸出金利は高まるか」である。この論文によると、過去 5 年分の都道府県別の貸出金利水準は、都道府県別の 貸出残高による HHI が高まるとマイナスに転じる統計的な傾向があることが実証されている。

出典:P6

 

指摘の論文は下記と考えられます。

「地域金融市場では、寡占度が高まると貸出金利は上がるのか」 (平賀 一希、真鍋 雅史、吉野 直行 2017年1月)

http://www.fsa.go.jp/frtc/seika/discussion/2016/05.pdf

この論文は、長崎論文と同時期に金融庁金融研究センターのディスカッションペーパーとして公表されています。

この論文は日本の地域ごとの寡占度と貸出金利の関係を検証しています。しかし内容が経済学の専門的な内容であり、現時点では、自分の中で十分に消化できていないため、更に勉強したいと考えています。

 

(3)長崎論文に対する指摘事項

長崎論文には内容面でも疑問があり、それについて更に検証したいと考えています。しかし、表面的な事項だけでも、次のような指摘が可能です。

・「果たして、銀行業では、規模拡大による効率化の余地は、顧客の利益に敵うのか、あるいは供給者の利得を増やすだけなのか、それを検証していくことが、本稿の狙いである。」(P1 下線は引用者による。以下同じ。)は、「利益に適う」の誤字ではないか。

・「また、銀行業がネットワーク産業である。それは、不特定の個人や法人から予期を集め、不特定の企業や個人に貸し付けていくこと自体、結びつける行為であり、ネットワーキングと呼ぶことができることからも、然りである。」は、「預金を集め」の誤字ではないか。

・「また、市場金利も長期にわたって継続的に低下していたが、日銀による今年 1 月のマイナス金利導入以降は、市場運用による収益確保が一層困難な局面を迎えている。」(P3)について、マイナス金利の導入は2016年である(2016年内に作成したドラフトを、2017年1月に公表したため、齟齬が生じたと考えられる。)。

・「それについて、一定の見解を示しているのが、平賀一希・真鍋雅史・吉野直行による「地域金融市場では、寡占度が高まると貸出金利高まるか」である。」(P6)は、論文の正式な題名は「地域金融市場では、寡占度が高まると貸出金利上がるのか」である。

・次のグラフ(P7)に、「プロットエリア」との不必要な表記がある。

f:id:japancompetitionpolicy:20170304230058p:plain

 

 

公取委の庁舎移転

公正取引委員会の庁舎が、中央合同庁舎6号館から5号館に移転するとの報道がありました。

庁舎の賃料、16億円削減 環境省・公取委など移転・集約で :日本経済新聞

移転先である環境省の移転が2020年度以降と報道されていますが、公取委の移転時期は報道されていませんでした。

 

検討母体である「財政制度等審議会第34回国有財産分科会」(平成29年2月17日(金))の資料が公表されていたため、それを紹介したいと思います。*1

 

結論を先取りすると、以下の図のとおりです。

移転距離としては極めて近いです。

 

f:id:japancompetitionpolicy:20170225222858p:plain

 

 報道されていなかった情報もいくつかありました。

まず、移転時期は「平成33年度」(2021年度)と明示されていました(分科会資料2のP2)。

 

次に、新庁舎の面積は10,000m2です。現庁舎は8,810m2であり、そのうち8,200m2が移転します。逆に言えば、約7%の610m2は移転しないこととなります。このほか、会議室・倉庫の仮受解消として、900m2が移転されます。現在、会議室・倉庫の費用として年間3200万円がかかっているようです(以上、分科会資料2のP2−3)。

面積の純増としては900m2(10000-8200-900) と考えられます。

 

この庁舎移転がどのような影響をもたらすでしょうか。

一つ懸念されるのは、上述の移転しない施設によっては、公取委の業務上の非効率をもたらす可能性です。

また、強いてあげるとすれば、検察庁との物理的な距離が遠くなるため、犯則事件の調査・告発での協力関係に多少影響する可能性はあるかもしれません。逆に、弁護士会館からは地下で直結することになります。 

 

 

データと競争政策:デジタルカルテル

今回の記事は非常に短いです。

経済産業省の「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会」(第1回)の資料

第四次産業革命に向けた競争政策の在り方に関する研究会(第1回)‐配布資料(METI/経済産業省)

では、下記のとおり、「デジタルカルテル」について言及があり、議論されています。

ビッグデータが競争法執⾏に対して持つ意味

4.デジタルカルテルの出現

例えば、事業者が共通の価格決定アルゴリズムを使⽤すれば、市場データに基づいて価格調整が 可能となる。また、AIを⽤いて利益最⼤化アルゴリズムを組むことで黙⽰の共謀が可能。

出典:経産省事務局説明資料P4

http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_kyousou/pdf/001_04_00.pdf

 

他方、公取委の検討会(第1回)の資料では、次のとおり、「デジタルカルテル」について取り扱わないことが明記されています。

OECD 事務局作成文書 「BIG DATA: BRINGING COMPETITION
POLICY TO THE DIGITAL ERA」(2016年 11 月)

(報告書では,同一の価格アルゴリズムを用いることで市場データに対応して同時に価格調整を行うようにすること等の「デジタルカルテル」の出現可能性についても言及しているが,本検討会では議論の対象としない。)

出典: 別紙3「ビッグデータに関する海外当局の事例と議論」P2

http://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.files/170120data06.pdf

 

この相違点の背景は何か、報告書といった成果物にどのような影響があるか、注視したいと思います。